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第23橋 九重“夢”大吊橋(大分県) |吉田友和「橋に恋して♡ニッポンめぐり旅」

「橋」を渡れば世界が変わる。渡った先にどんな風景が待っているのか、なぜここに橋があるのか。「橋」ほど想像力をかきたてるものはない。——世界90か国以上を旅した旅行作家・吉田友和氏による「橋」をめぐる旅エッセイ。渡りたくてウズウズするお気に入りの橋をめざせ!!


日本一の高さを誇る
天空の散歩道

 離合というのは西日本独自の言い回しで、車がすれ違うことを表す。九州で山道なんかを走っていると、「この先離合困難」などと書かれた看板をしばしば目にするのだが、これは車がすれ違うのが困難なほど狭い道という意味である。

 「九重“夢”大吊橋」への経路はまさにそんな道だった。だから、険しい山道の先に現れるであろう、秘境感あふれる景色を想像しながら車を走らせたのだ。ところが目的に到着したら、想像とまったく違っていたから驚いた。

 だだっ広い駐車場に大型バスが何台も停まっている。ソフトクリームやフランクフルトが買い食いできる売店も並んでいる。なんというか、一大観光地という感じなのだ。

 さらに驚いたことがある。困惑したといった方が正しいかもしれない。駐車場に入ろうとしたら、誘導員に止められ、こう告げられたのだ。

 「強風のため、現在橋は封鎖されています」

 えー、である。はるばるここまでやってきたのに……。解除される見込みがあるのか聞いてみたが、誘導員は首を振った。

 「すぐに解除されるかもしれませんし、一日中封鎖されたままの可能性もあります」

 要するに、天候次第ということだろう。最悪の場合、ソフトクリームだけ食べて退散することになりそうだ。

 とはいえ、あきらめて引き返すのも癪だし、腹をくくって入場することにした。すると、なんとその直後に封鎖が解除されたのだった。いやはや、一件落着なのである。

 ゴールデンウィークの休みを利用して、娘二人と九州旅行に来ていた。妻は出張でイギリスへ行ってしまったので今回は三人旅である。

 「早くフランクフルトを食べようよ!」

 と急かす娘をなだめつつ、入場券売場に並んだ。彼女たちにとっては橋より買い食いの方が大事なのかもしれない。橋のチケットは大人500円、小学生200円だった。

 九重“夢”大吊橋は有料の橋である。橋は橋でも観光地的な橋といっていい。オープンしたのは2006年。それから遡ること50年前に、「この谷に橋を架けたら紅葉や滝を一望できる」という声が地元で上がったことが建設のきっかけだ。

 橋は、筑後川の源流域となる鳴子川渓谷に架けられている。原生林に囲まれ、橋の上からは大きな滝の流れが複数見える。わかりやすい言葉で表現するなら、絶景というやつだ。

 橋の高さは173メートルもある。歩道専用の吊橋としては、日本一の高さを誇るのだという。「天空の散歩道」を売り文句としているのだが、まさにその通りで、空の上を歩いているような気分になれる。

 ちなみに長さは390メートルで、開通した当初は長さでも日本一だった。2015年に三島スカイウォーク(静岡県)ができて追い抜かれたため、現在は「高さだけ日本一」というわけだ。

対岸まで渡ったところから撮るとこんなアングルに
対岸まで渡ったところから撮るとこんなアングルに


 橋の袂には「日本一の大吊橋」と書かれた巨大な看板が立てられていた。その前に娘たちに並んでもらい記念写真を撮って、橋へと突入した。

橋のそばに展望台があって、撮影スポットになっている
橋のそばに展望台があって、撮影スポットになっている


 この手の吊橋あるあるだが、歩き始めてすぐに足が竦んだ。なんといっても、日本一の高さなのだ。ある意味、スリルを味わいたくて訪れるようなスポットでもある。

 手すりをギュッとつかみながら、おそるおそる歩を進める。

 「下は見ない方がいいよ」

 娘たちに忠告すると、意外な反応が返ってきた。

 「べつにだいじょうぶだよ。パパこわがりすぎ」

 そう言ってケラケラ笑っている。最初のうちこそ一緒に歩いていたが、やがて父親のスローペースに合わせるのに業を煮やしたのか、二人だけでぐんぐん先へと行ってしまった。

 「待ってくれー」と呼び止めようとして、言葉を呑み込んだ。へっぴり腰の父親としては、情けない声を出してこれ以上威厳を損なうわけにはいかない。

幅は1.5メートルで、人と人がすれ違うだけのスペースはある
幅は1.5メートルで、人と人がすれ違うだけのスペースはある


 とはいえ、心を静めて橋の上から改めて周囲を見回すと、パノラマの風景がどーんと広がっていて圧倒される。来て良かった、と純粋に満足感に浸れた。怖がりながらも写真だけは撮って、娘たちを追いかけたのだった。

橋の上から見える滝は、「日本の滝百選」にも選ばれている
橋の上から見える滝は、「日本の滝百選」にも選ばれている


 九重“夢”大吊橋がある玖珠郡九重町は、大分県西部に位置する。実はこの辺りの地域は個人的にもとくにお気に入りで、今回で三度目の訪問となる。

 たとえば、玖珠町には「旧豊後森機関庫」という扇形の機関庫跡があって、鉄道ファンに根強い人気を誇る。かつて天領だった日田市は、水の美しさで知られ、歴史ある酒蔵が立ち並ぶ。近年では『進撃の巨人』の聖地としても注目されている。県境を越えて福岡県へ入ると、フルーツ好きにはたまらない、うきはもある。

 本稿は橋旅がテーマなので、それらの詳細は割愛するが、とにかくおすすめの旅行先とだけお伝えしておきたい。九州の中では穴場スポットである。

帰りに想夫恋で日田焼そばも。固めでパリパリした麺が美味しいと娘にも好評だ
帰りに想夫恋で日田焼そばも。固めでパリパリした麺が美味しいと娘にも好評だ


 橋の先には何かがあるわけでもなく、対岸まで渡ったらそのまま引き返した。ゴールデンウィークだったこともあり、橋は多くの観光客で賑わっていた。大道芸人まで来ていたほどだ。

 橋を渡りきったご褒美に——いや、親の趣味に付き合わせたお詫びに——フランクフルトを長女に買ってあげた。ソフトクリームを選んだ次女は、口の周りがべとべとになっている。父娘旅もなかなか悪くないな、とひそかに思った。








著者イラスト

吉田友和
1976年千葉県生まれ。2005年、初の海外旅行であり新婚旅行も兼ねた世界一周旅行を描いた『世界一周デート』(幻冬舎)でデビュー。その後、超短期旅行の魅了をつづった「週末海外!」シリーズ(情報センター出版局)や「半日旅」シリーズ(ワニブックス)が大きな反響を呼ぶ。2020年には「わたしの旅ブックス」シリーズで『しりとりっぷ!』を刊行、さらに同年、初の小説『修学旅行は世界一周!』(ハルキ文庫)を上梓した。近著に『大人の東京自然探検』(MdN)『ご近所半日旅』(ワニブックス)などがある。

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