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【新刊試し読み】『死を喰う犬』〈わたしの旅ブックス33〉|小林みちたか

「わたしの旅ブックス新人賞」第1回受賞作『死を喰う犬』6月15日(火)に発売されました。発売を記念して、本文の一部を抜粋して公開します。


本書について

インド最北部 ヒマラヤの西のはずれにあるラダック。そこには 決して怒らない人々が暮らしている———。その言葉に誘われるようにラダックを旅した著者の 贖罪と再生を描いた私小説的旅紀行。ラダックの街の道端で見つけた凍りついた犬の屍体。徐々に明らかになっていく旅の理由。ラダックの荘厳な自然と現地の人々のおおらかさに包まれながら 過去から解放されていく著者の姿が描かれる。2020年度「わたしの旅ブックス新人賞」受賞作。


試し読み

 六月二七日 レー

 耳障りな歓声が機内に響いた。 
 どうやら眼下にヒマラヤの山並みが現れたようだ。
「さあ、あなたも写真、撮りなさいよ」隣の席の太った白人女性が声をかけてきた。
「あ、いいです」僕は苦笑いしながら答えた。太った女性は「そう」という具合にうなずくと、僕に覆いかぶさるようにして機窓へとにじり寄った。
 その脇の下からは生クリームを落としたチョコレートケーキのような山やまがどこまでも連なっていた こんな草木も生えない死地のような場所で人びとが暮らしていることに俄然興味をそそられた。
 ヒマラヤの西のはずれの小さな国、ラダック。インド北部の山岳地帯に位置するこの地は、一九世紀まで独立した王国だった。現在は国こそインドだが、パキスタンと中国との未確定の国境に接し、「リアルチベット」と称されることもある。本家チベットが中国で激しい弾圧を受けているのに対して、ラダックは一九七四年頃まで外国人の入境が禁止され、チベットよりチベット文化が色濃く残っていると言われているのだ。
 僕がラダックを知ったのは、知人から勧められた一冊の本だった。世界四〇カ国以上で翻訳されている世界的ベストセラー『ラダック 懐かしい未来』(山と溪谷社)。著者は、ラダックの鎖国が解かれてすぐの一九七五年頃から一〇数年もの間、現地で暮らしたスウェーデンの言語人類学者だ。 
  (中略)
 いまや世界の人口は毎年億単位で増え続け、地球の資源の底が見え隠れするなかにあって、多くの人の興味をそそる名著なのだろう。僕だって使い捨てより持続可能な社会の方がいい。
 ただ、《自分自身の心の声に耳を傾ける人が十分な数になるのには、いったい、あとどのぐらいの時間がかかるのだろうか?》というメッセージで著書を締めくくられると、「いつになったら愚か者のあなたはわかってくれるの?」とため息まじりに説教されている気分になる。あんたの言う通りやっても上手くいくとは限らないだろうとへそ曲がりの性がうずいてしまう。
 そんな僕が強烈に心を奪われたエピソードがあった。 


目次

プロローグ
Ⅰ  夏
Ⅱ 冬
エピローグ


著者紹介

小林みちかた
ルポライター。1976年東京生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒。2000年朝日新聞社入社、04年退社。広告制作会社などを経て、10年より国際NGO AAR Japanに所属し、国内外の緊急支援活動に携わる。11年退職。17年、東日本大震災のボランティア活動を綴った『震災ジャンキー』(草思社)で第1回草思社文芸社W出版賞・草思社金賞を受賞。20年、『死を喰う犬』(産業編集センター)で第1回わたしの旅ブックス新人賞を受賞。


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『死を喰う犬』著/小林みちたか
 2021年6月15日(火)発売
【シリーズ】わたしの旅ブックス
【判型】B6変型判(173×114mm)
【ページ数】280ページ
【定価】本体1,210円(税込)
【ISBN】978-4-86311-301-5


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わたしの旅ブックス新人賞とは

旅や冒険をテーマとした、エッセイ・紀行文・旅行記などが対象の文学賞です。優秀作品は弊社から「わたしの旅ブックス」シリーズの一冊として出版いたします。詳しい情報をご覧になりたい方はこちらから↓