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なろう系小説における魔王と勇者の記号的役割について

 突然ですが、あなたは『魔王』と『勇者』について、どのようなイメージがありますか?私は次のようなイメージを持っています。


【魔王】
 
世界を恐怖に陥れたり支配を目論む、怪物たちの親玉。主人公が困難を乗り越えて戦いを挑む最後の敵。一言で言えば、とっても強くて悪いラスボス

【勇者】
 
世界を救うために魔王を倒しに行く物語の主人公。なんの文句も言わず、自分を犠牲にして人のために戦える、無私の人。一言でまとめると、むちゃくちゃ性格がいい正義の味方。


「なろう系」というワードに惹かれてこの記事を読み始めたあなたなら、上記のイメージは概ね賛同していただけるのではないかと思います。ではなぜこのようなイメージが、あなたと私の間で共有できるのでしょうか。

記号的役割の意味について

 さて、イメージ共有の謎を解き明かす前に、まず私がタイトルで使用した『記号的』という言葉の意味を説明しておきましょう。

 記号的とは、その言葉を見た瞬間作者と読者である程度情報が共有できるもの、という意味で使用しています。

 さきほどの例で言えば、魔王という言葉を出せばラスボス的イメージ、勇者なら主人公でいい人的イメージが記号的・・・にある、ということですね。

 何を当然のことを言ってるんだコイツは・・・とあなたは思うかもしれません。しかし小説などの文字メディアにおいて、説明もなしにイメージを共有できる特殊な言葉はありません。どういうことでしょうか。

 これが漫画だとビジュアルがあるので「悪そう」だったり、「強そう」だったりがパッと見ただけで判断できます(それでもキャラクターの存在だったり背景には説明が必要ですが)。

 ところが小説では、犬や猫、空や大地などの記号的・・・に意味が付与された一般的な言葉以外、例えば『ス○イラブハリケーン』や『○斗神拳』など、その作品内での特殊な言葉は説明がないと読者と共有できないわけです。

 そして魔王や勇者は、ある時点まで確実に記号的役割を担うことができない特殊な言葉だったのです。ではなぜ共有できるのでしょうか。ようやく先ほど問いかけた答えを示す時がきました。

ドラクエⅢが果たした功績

 結論から申し上げると、魔王と勇者についてはドラゴンクエストⅢというゲームが果たした功績が大きいと考えます。

ドラゴンクエストⅢとは

 ここでドラゴンクエストⅢがどのようなゲームか知らない若い読者のために、概要を示しておきましょう。

 ドラゴンクエストは、本格的コンピューターRPGとしてヒットしたファミコンのソフトです。当時はカセットと呼ばれるカートリッジを、ファミコン本体に挿してソフトを認識させる方式でした(なつかしい)。

 ドラゴンクエストシリーズの中でもⅢは、社会現象にもなった異例のヒット作。おもちゃ屋や電気店には行列ができ、ゲームソフトを買うために学校を休んだり、購入した帰り道にカツアゲされる被害者まで出たことがニュースになるなど、はじめてゲームが一般の番組でも話題として取り上げられたほど、影響力の強いソフトでした。雑調べですが、販売本数380万本という、当時としては化け物的売上を記録しています。

 ドラゴンクエストⅢ(通称ドラクエⅢ)について詳しく知りたい方は、Wikipediaをご覧ください。


 閑話休題それはさておき、ドラクエⅢは上記のとおり社会現象にもなるほどの普及率で、またたく間に『魔王』と『勇者』の共通認識を子どもたちに植え付けていったのでした。

 さらに『ドラゴンクエスト 4コママンガ劇場』などのクロスメディア効果もあり、魔王と勇者の共通認識は浸透していくこととなったのです。

 そして現在、ドラゴンクエストⅢを遊んだかつての子供は親世代となり、事前説明を省略しても、『魔王』や『勇者』はおなじみの言葉となりました。

なろう系小説への影響

 最後に魔王と勇者の記号的役割が、なろう系小説にどのような影響を与えたのかについて書こうと思います。

 小説家になろうをはじめとする投稿サイトに掲載された小説は、一般的に読者に対しての余計な説明が嫌われる傾向にあるようです。おそらく作品数が多い上に無料でサクッとたくさん読みたい願望があるのでしょう。さらにスマホなどでの閲覧を考慮すると、長々と説明を読む時間がもったいないと感じるのかもしれません。

 早くストーリーを味わいたいニーズが非常に強いなろう系小説。そこで必要になるのが、あらかじめ共有イメージのある特殊な言葉。つまり『魔王』や『勇者』といった、記号的役割のある言葉なのです。

 こうして小説家になろうで数多く投稿される、いわゆるなろう系小説には記号的役割のある言葉を巧みに利用した、ストーリーの型枠「なろう系テンプレート」が発明されました。

 もちろん魔王や勇者の記号的な意味をそのまま使ったテンプレートから、この共通認識を逆手にとり、魔王側のキャラクターが国造りをしたり、モンスターを幸せにする話や、「ざまぁ」と表現される復讐ものとしばしばコラボされる、「実は勇者の性格が悪い(読者の共感を得られない)キャラクター」ものなど、テンプレートのバリエーションも展開されています。

 このような展開が可能なのも、魔王や勇者の説明をしなくても、意外・・な展開だと認識させ、読者に興味を引くことができるからなのです。つまり特殊な言葉の記号的役割こそが、なろう系のストーリーを大きく発展させたと言えるでしょう。

まとめ

 この記事をまとめると、次のようになります。

  • 記号的役割とは共通認識のある特殊な言葉であり、『魔王』や『勇者』といった言葉はこの記号的役割がある

  • 『魔王』と『勇者』の記号的な認識ができたのは、ドラゴンクエストⅢの影響が大きい

  • 『魔王』と『勇者』の記号的役割があるおかげで、なろう系テンプレートが開発され、バリエーションも生まれることが可能になった

 以上、『なろう系小説における魔王と勇者の記号的役割について』でした。


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