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屋台オブソロウ-1

 開店は20:00からだったと聞いていた。
ここ一体の繁華街は、そのぐらいの時間帯から賑わいを見せるので、なんら不思議は無いが、色気もスペースも無いただの屋台が、何故仲間内でそんなに話題になっているのかとても疑問ではあった。
 元来、内向的だった俺は、工場の休憩所で同僚達の盛り上がりに全くついていけず、煙草を咥えたまま聞き耳を立てる事しか出来なかったのだが、「まだ十代の女子」「どえらい美人が二人」というフリーメイソン並のパワーワードを二つも聞いてしまった為にこうして足を運んでしまっている。
 いつもならモテる筈も無い、金と内臓を消費するだけのガールズバーかキャバクラに赴く俺が、一体何を期待して赤提灯に向かっているのだろうかと、自分で自分を鼻で笑った。
 夜の帳に包まれ、片隅でぼんやりと光る素っ気ない軽自動車に集まるのは、大概禿げ上がったオッさんか、皮下脂肪をベルト代わりにしているオッさんぐらいなもので、その相手をしているのもオッさんと相場は決まっている。
 華やかに彩られたネオンの中なら未だしも、おでんやらラーメンやらを百歩譲っても衛生的では無い提供の仕方をするようなお店をうら若き乙女が切り盛りするような事が起こり得るのだろうか。
 俺が今時の女子だったら、お金を稼ぐなら貢がせる方面の職業に就くと思うし、その方が効率的だ。
 そんな事を思いながら、繁華街に屯するキャッチの群勢を会釈で躱しながら、目的地周辺へと足早に向かった。
 メインストリートが、キャバクラやセクキャバ、ガールズバーが犇めく路地ならば、その奥まった先、駅南口から北口へ抜けた先にアンダーグラウンド臭漂う、街灯も極端に少ない元・繁華街が姿を現す。
 ラブホテルが密集している地帯でもあるのだが、所々に在日外国人がうすら寒い格好で、鼻につくような香水を漂わせながら、通りすがる背広へ次々に声を掛けていくのが見える。
 消費税込みだかなんだか知らないが、ある者は一枚とか、二枚とか、その内容は耳打ちでしかしない為よく分からないが、知りたくもなかった。
 いくら吐け口に飢えていても、俺だって相手は選ぶ権利がある。
 妻どころか、異性にも相手にされないような、可哀想な奴が慰めてもらえばいいと、俺はその先を急ぐ。
 やがてコンビニが見えて来るのだが、ここの駐車場も一説によると、某有名スポーツマンが非合法の薬品の受け渡しに使われていたというのを思い出し、身震いをする。
 日常から逸脱した世界観をひたすらに無視しながら進んでいくと、やがて目的地である屋台が見えてきた。
 北二番街、高架下に位置する駐車場脇。
 黄色と紫の対色のカラーリングが施された軽貨物を改造した屋台。
 赤ではなくこれまた紫色の提灯に白い文字で描かれた、店名。

『蛍』

 どうやらここで間違いなかった。

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