72. いつかは銀杏のように美しく。
いきすぎた負けず嫌いの私は、誰かに何かで勝ったことにしないと安心して生きられない。少しだけでいいから、誰かより幸せでいたい。あの幸せそうな、羨ましいあの子よりも、この点では勝ってると言い聞かせて必死に安心してる。
そうやって生きていても、どこかで自分が“負け”の方に入ってしまうことはたくさんある。
彼氏がいないこと、結婚の予定もなくて、寂しく一人暮らしをしてること。自慢できる有名な繋がりがあるわけではないし、特別大きなチャレンジをしているわけでもないし、もちろん私自身が社会的にデカい仕事をしているわけでもない。
それでも自尊心が転がり落ちないように、必死に仕事をしてる。たとえ1つの小さな会社の中での評価だとしても、私が私を肯定する材料が欲しいから。自分がいつか、自分なりのやり方で、何か少しでも人を幸せにするようなことをできるんじゃないかと、信じていたいから。
もしどこかで、この手から力がスッと抜けたら。
楽になるのかもしれないけど、それって、いつも自分の価値を努力とその結果においてきた私にとって、もう全部諦めて死んでもいいと思うことと同じかもしれない。
この世界になにも残さなくても、生きているだけで価値があるよ。
人になら心を込めて言えることが、自分には、どうしても言えない。
努力家で自尊心が強くて自信がある。必死に愛して守ってきたそういう自分はまあまあ好きだけど、生きるうえでのこの価値観において、私は、私の近くにいてくれるどの人よりも、卑しくて惨めで弱いな、とも思う。
今年はなかなか寒くならなくて、神社の大きな大きな銀杏の木を見上げたら、やっとてっぺんまできれいな黄色になってた。凍えるような冬が来ないのはなんとなく不安だけど、今のうちに足元を見つめて、一歩ずつ、しゃくしゃくと踏みしめて歩こう。
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