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54. 幸せの象徴のような。

27歳にもなると、周りがどんどん結婚する。
どんどん、どんどん結婚する。どのくらいかと言えば、インスタを眺めていれば1ヶ月に2〜3回くらいは結婚報告を見られるくらい。
私は愛知出身なので、特に地元の子の結婚報告をよくみる。まあ東京に来てから繋がってるのは基本的に会社の人だけだから当たり前と言えば当たり前だけど。小学校から大学にかけて知り合った人たちのうち、たぶん半分くらいは結婚したんじゃないだろうか。めでたい。

東京と愛知では、結婚に対する価値観が違うなと常々思う。私が今もし愛知にいたら、彼氏すらいないこの状況にもう少し焦っていたと思うし、“婚活”にももう少し積極的だったと思う。
東京にいて、仕事や日常の中で自分がやってみたいと思えることへの距離が近くて、1人だから腰が軽くて、いくらでも自由に過ごせる。私は自分の意思で、今は結婚に対して焦らずに自分の人生に向き合う時間を大切にしている。


そう、それは間違いないんだけど。

1日に数回は、地元の結婚している友人たちの生活が頭をよぎる。優しい旦那さんがいて、可愛い子どもがいて、家族で暮らせる広い家があって。ちょうどいいくらいの田舎の一軒家でのびのび育った私にとってそれは、まさに幸せの象徴のような。あるべき大人のモデルのような。とても「うまくいっている」人の代名詞である。
いいな、私もうまくいきたい。うまくいきたいんだけどね。もう少し、異性から愛されることを上手に受け止められたらいいのに。愛されたらその分、相手の望む形で返さなければいけないと勝手にプレッシャーを感じたり、そういう時にいつも上手に相手に合わせられる柔軟さを持ち合わせていないから自分には無理だと思ったり、あとで別れるのはしんどいからと付き合うハードルをぐんぐん上げたり。そうやっていつも自分で道を狭めてしまう。


とはいえ、地元にいたらいたで、東京に行った仲間が手が届かないようなところで活躍するのを見たらどうしようもなく悔しくて悲しくなってしまうだろう。やっかいな負けず嫌いだ。
それに本当は、愛知にいたらもう結婚してるって話でもない。正直私が、他人の異性と人生を分け合うイメージはまだ湧かない。やりたいこと、なりたい姿への想像を掻き立ててくれた東京に感謝してるし、きっとその方が自分らしく生きれていると思う。

もしいつか全部がうまくいって、私が私自身を愛して大切にしながら、私を愛してくれて、私も愛せる人が隣にいる生活ができるとしたら、それはとても奇跡だな、と思う。

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