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53. 寂しくない東京。

東京に来た時、全部が遠くにあった。
仕事も職場も一人暮らしも初めてで、自分が今まで触れてきたものとはまるで違って、なんだか全部にすごくエネルギーが必要だった。自分よりエネルギーに溢れた人や空間に囲まれて、なんとかそれに合わせているような顔をし続けなければいけなかった。その上私は地元にいる彼氏と遠距離恋愛をしていて、もうすでに完成されている社会人たちの世界の中に組み込まれていく私と、心が疲れて休学している彼氏とのバランスを、周りには隠しながらどうにかうまくとろうともがいていた。へろへろになって会社から帰ってきても家には誰もいなくて、晩ご飯は近くの西友でお弁当を買っても備え付けの電子レンジが小さくてうまく回転しなかったし、布団は薄くて床が硬くて、部屋は狭くて暗かった。でも、寂しい、なんてはっきり言ったら全部崩れてしまいそうだから言わないようにしてた。
とにかく早く仕事ができるようになろう。早くできるようにならないと、ここには私が無条件で愛される土壌はないから。私が私の存在価値を感じられるためにも、早く、いて欲しい存在だと周りに思ってもらいたい。
テキパキ仕事を頑張る自分も、彼氏の良き理解者である自分も、明るくて元気な人たちと同じトーンで笑える自分も、本当は全部嫌気がさしたとしても、今目の前にいる人にだけはそれがバレないように守りきろうと必死だった。

私、大丈夫です。あなたをガッカリさせないから。
だから受け入れて、愛してください。

実家にいた時はこんなことに怯えたことはなかったけど、今思えばきっとそんな気持ち。その時々で、相手に照らされている側の自分をとにかく目一杯やっていた。


それからしばらくのこと、時系列で細かく覚えてはいない。とにかく死なないように、気力がなくてもバランスの良い食事ができる定食屋を見つけたり、レモンサワーをちびちび飲んで飲み会を乗り切ったり、大きい窓があって、分厚いマットレスのベッドが置ける部屋に引っ越したりした。

仕事で1人で受注ができるようになった時、東京を歩くのが怖くなくなった。彼氏と別れた時、自分のためだけに暮らしてもいいんだと思えた。頼られる人になってやっと、周りに無理に合わせて笑わなくても愛してもらえていると実感できた。



もう今は寂しくない。
自分のペースで、自分が心地よい距離感と場所を選んで生きられるようになったから。東京はすごいスピードで日々が流れていくけど、きっとその波にうまく乗れたんだ。ああ、よかった。
東京に来て、私はやっと初めて、1人きりで生きるということを体感した。

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