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ガレットデロワの話

皆さんはガレットデロワというお菓子をご存知ですか?

公現祭(仏語でエピファニー)の日に食べられる、平たいパイの中にアーモンドクリームが詰められていて、パイのどこかにはフェーヴと呼ばれる陶器でできた小さな人だったり動物だったりをかたどった物が埋められています。家族や友人達と複数でパイを分け合い、幸運にもフェーヴの入ったパイを勝ち取った人がガレットを買った時に付属してくる王冠を被る事ができるという流れです。その人にはその後1年間の幸運がもたらされるということだそうです。歴史のあるフランスという国に相応しいなんだかおしゃれな文化に心躍りますよね。

最近は日本でも見かける事が増え、毎年食べているという方も、文化的背景までは知らずとも食欲のわくツヤツヤのパイ生地を見てつい買ったことのあるという方もいることでしょう。僕自身、存在自体は長らく知っていたものの、必ず食べるといった習慣はありませんでした。

今ここフランスのパリで生活をしているわけですが、さすがは本場、1月の公現祭の時期になると近所のパン屋から有名パティスリーまで一斉にガレットデロワを売り始めます。どのお店も普段販売している一部商品を全て製造休止にし、ガレットデロワに注力し販売するのです。日本でいうと土用の丑の日の鰻や節分の時の恵方巻なんかがイメージに近いかもしれません。そういったビジネス的要素も加わり、現在では必ずしも公現祭の当日ではなくとも、その前後の日で幅広く楽しまれているように思います。その事から、フェーヴが当たらなかった人も期間中に何度か食べる機会があるので、何度か運試しができるようになっている風に思います。そう思うと、日本のお寺などのおみくじに近いかもしれませんね。悪名高い浅草寺のおみくじなんかは、凶の比率が高い事で知られており、凶を引いた人がまた再び100円を払っておみくじを引き直すなんて事を耳にします。笑 

前置きが長くなりました。 

そんなこんなでガレットデロワの天国のような場所にいるわけなのですが、来仏したばかりの頃、なにぶんにも一人暮らしなのであんなに大きなパイを一人で食べ切れるわけもなく、せっかくの機会なのに購入するのを渋っていました。

勤務先の同僚に何気なくそれを伝えた所、「それならみんなでガレットデロワパーティーをしましょうよ!」と日本人の僕の為にフランス人達がお昼休みの時間を利用してガレットを準備してくれることに。お祭りごとが好きなフランス人ですから、僕の為という名目で、近所のパン屋やパティスリーなどで4種類ものガレットデロワを買ってきてくれました。やはりパイは熱々に限るので、オフィスのオーブンで温めなおす事から始めました。その間ホットチョコレートやシードル酒、食器を用意してガレットの焼き上がりを待ちます。

すると、一本の電話が鳴り響きました。通常、休憩時間に電話を取る同僚はいないのですが、いつもの癖と言いましょうか、反射的にうっかり取ってしまった同僚のBちゃん。顧客の一人からの電話で、そこの担当は別の同僚Rちゃん。Rに繋げようとするも、既に焼きあがったガレットデロワを切り分けることに夢中で代わる気はさらさらありません。仕方が無くBは顧客からの質問をRに代わり応えようとしますが、自分の担当顧客ではない為しどろもどろになっています。ついには間違えた情報を相手先に伝えてしまい、その部分だけを聞き逃さなかったRちゃんはBちゃんを責め始める始末です。こうなったらもう大変、とてもガレットデロワどころではありません。

B「アンタが電話に出ないのが悪い!」

R「昼休憩中に電話を取るアンタが悪い!」

B「アンタの担当だろうが!」

R「だったらどうして間違った情報を与える!謝罪するのは私だ!」

B「良かれと思って代わりに話してあげたんでしょ!」

R「誰がそんなこと頼んだのよ?!」

周りのみんなは二人の口論の迫力にやられ、またそれは机上に並べられたガレットデロワ達にも伝わったかのごとく立ち込めていた湯気もすっかり見えなくなりました。

その後も口論は止むことなく、ついにはBが声を上げて泣き叫び、泣き疲れるまで会社中を練り歩き最後にはオフィスから出て行ってしまいました。Rも意志が固く、自分は悪くない!の一点張り。今日はもう仕事の気分じゃないわ!と吐き捨て、こちらも同様に出て行ってしまうのでした。残されたのは、巻き込まれ呆然とする我々と机上の4枚のガレットデロワ。昼休みの終了の時刻をとうに過ぎており、各々は片付ける時間もなくそれぞれの自席へと戻るのでした。

その日は年始の時期という事もあり、そんな事があった事も忘れそうなくらいに忙しい一日でした。気が付けば窓の外は真っ暗で、会社に残っていたのは自分と社長の二人のみ。社長は午後から出社してきた為に日中の出来事を知らず、僕にこんな言葉をかけてきました。

「おぉ、まだ残っていたのか。あっちにガレットデロワがたくさん残っていたぞ!二人で分けて持って帰らないかい?」

忘れかけていたすっかり冷え切ったガレットデロワの存在を思い出し、社長の好意を断り帰途につくのでした。

今年も街にガレットデロワが溢れる時期がやってきました。2020年のフランスでの生活が穏やかなものになるよう祈るため、フェーヴを目指して試しに一つ買ってみることしよう。

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