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耳が聞こえない子は、どのようにことばを身につけていくのか

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「この歓声は届かないけど」、第4回更新です。ろう学校ではどのようにことばを教えているのでしょうか。また、「恩人」についても語られます。

くさはらを子供たちが歩いていく。黒や青、ピンクの大きな布を掲げ、えっちらおっちら歩いていく。あまりに現実離れした光景に、狐の嫁入りでも見てしまったのかと錯覚した。

まだ少し肌寒い4月下旬。ろう学校で鯉のぼりを上げた。校庭の芝生を通って鯉のぼりを運んでいく子供たちの様子があまりにいとおしくて、何度もカメラのシャッターを押してしまった。

僕の趣味は写真だ。以前、ある写真家に聞いた話だけど、「趣味は写真」という人は、作品や写真集を買ってくれる人よりも、高いカメラを買って自分で撮影する人の方が圧倒的に多いという。確かに言われてみれば、アイドルやアナウンサー、YouTuberの写真集が数十万部のベストセラーになっているけど、写真が好きで買っている印象はない。

2022年のミラーレスカメラの販売台数は、1位のキヤノンが154万台、2位のソニーが125万台だったそうだ。写真集なら一冊2、3000円くらいだけど、カメラは1台数十万円する。上位2社の世界売り上げを合計すると、1兆円を超えてしまう。キヤノンやソニーやニコンの新型が発表されるとニュースになるが、キヤノン写真新世紀や木村伊兵衛写真賞が話題になることはあまりない。たしかに自分で撮影する人のほうが多そうだ。

僕も、そんな高い機材を買ってしまう「趣味は写真」の人なんだけど、たまたま写真集の仕事から編集者のキャリアをスタートさせたので、写真を見るのも好きだった。勉強がてら、"有名な人が写ってない"写真集を購入することもよくあった。

齋藤陽道さんを知ったのは2018年。たまたまnoteのアカウントを見たのがきっかけだった。noteでは詩と写真の共作のようなことをしていた。それだけだとそこまで珍しくないのだけど、益山弘太郎さんという詩人の方が書いた詩が強烈で、笑っちゃうくらいのエネルギーにあふれていたので印象に残っていた(まだ齋藤さんのnoteで読めます)

そんなあくの強い益山さんの詩にそえられた齋藤さんの写真も、もちろんすごく良かった。パンツを脱いで写真を撮っている。被写体から一方的に奪うのではなく、自分もさらけ出して撮っているのだ。まったくカッコつけていない。それは、僕が形から入る素人カメラマンだから、なおさら感じたんだろうな。

齋藤さんが聴覚障害者であることを知ったのは、そのあとだったと思う。障害があるからいい写真が撮れるようになった、と思うほど失礼なことはない。でも、聴覚障害という固有の特性や、そこに至るまでの人生が、写真に感光してしまうんだろうな、と思ったのを覚えている。

それで、この人は言葉に意識的で、自分をさらけ出した表現ができる人だな、と編集者として興味を持った。作品が出てたら見てみようと思って、17年に出版された『それでも それでも それでも』を購入した。写真と、それにあわせたエッセイのような詩のような文章が書かれた不思議な本だった。

その少しあとに二朗が生まれた。第一回に書いたけど、子供に聴覚障害があると知った時、僕はどうかしていたし、どうしていいかわからなかった。なにもわからないし、この先どうなるかも見えない。自分のことなら耐えられても、生まれたばかりの子供が置かれている状況がわからないのだ。こんな恐怖はない。

その時に、齋藤さんの『それでも それでも それでも』を思い出した。この人は、聴覚障害があるからあんな写真を撮れているわけではない。聴覚障害があるからあんな文章を書けるわけでもない。障害があろうがなかろうが、世界を美しく感じ、その美しさの中に自分がいることを、この人は魂の底で感動してる。これは、齋藤さんの写真と文章から感じた僕なりの解釈だけど、それは僕にだって、二朗にだってできるはずだ。それなら、何が怖いことがあるだろう。

二朗の確定診断が出たのが12月19日。その年のクリスマス、僕は妻にワンピースと一緒に『それでも それでも それでも』をプレゼントした。すぐに読まなくてもいいからね、と伝えたのだけど、妻はすぐに読んで、その感動を伝えてくれた。

そのあとも齋藤さんのエッセイ本を読んだり、個展におじゃましたり、朝倉彫塑館で作品を見かけたり、齋藤さん妻で同じく写真家の盛山麻奈美さんの個展を見に行ったり、主演されたドキュメンタリー映画も見たり、最近だと『せかいはことば』というイラスト育児日記で手話での子育てを学んだり、ほかにもいろいろあるけど、めちゃくちゃ影響を受けたし、めちゃくちゃ救われたのだ。

個展におじゃましてお会いしたことは前回書いたが、実は齋藤さんとはそれ以外にもネット上で何度かやりとりしたことがある。二朗が生まれたあと、僕がnoteに聴覚障害に関する話を書いたら、その感想を送ってきてくれたのだ。めちゃくちゃうれしくて、でもなんて返事したか覚えてないな。

この記事を本人が見ることがあるかはわからないけど、改めて、ありがとうございました。おかげさまで僕たち家族も、齋藤さん家族に負けないくらい、毎日楽しく、手話したりして生きています。

今回はこの話を書きたかっただけなんだけど、ちょっとだけ鯉のぼりの続きも書こう。鯉のぼりはろう学校の体験の一つだ。まず、事前に「〇月〇日は鯉のぼりを上げる」を、カレンダーなどで知らせておく。カレンダーはろう学校の重要アイテムだ。

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