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ヒッチハイクで海渡る

 毎朝8時にマリーナへ。マリーナとはヨットやモーターボートを係留させて、船の保管や燃料の補給をすることができる基地のこと。ここラパツのマリーナには小さな商店、レストランや図書館やカフェまであり、観光客向けのダイビングやスノーケリング等の船を使ったアクティビティの集合場所として使われていたり、船で寝泊まりしている船乗りたちが、マリーナのカフェを社交場として使っている。ちなみにヨットと聞くと帆船全般を思い浮かべるが、英語でヨット(yacht)とは小型の競争用帆船やエンジン動力の豪華船という意味になり、日本語でのヨットは英語だとセイルボート(sailboat)であり、ヨット乗りのことをセイラー(sailer)と呼ぶ。

 そんなカナダやアメリカからメキシコまで巡航してきたセイルボートをヒッチハイクして、自転車ごとメキシコ本島へ運んでくれるセイラーを見つけるために、1週間ラパツのマリーナへ通い詰めた。1人10,000円払えば大型フェリーで本島へ行けるが、ラパツに到着してから次の便まで1週間あったため、小休止しつつダメ元でヒッチハイクをしてみることにした。

 ヒッチハイクで海を渡るという話はどこかで聞いていたから一応知ってはいたが、手段についてはさっぱり分からなかった。運良くラパツで滞在していた宿にフランス人のセイラーがいて、ヒッチハイクのやり方を手ほどきしてくれた。毎朝8時になるとラパツのマリーナに滞在している各船とマリーナ間での無線でのやりとりが始まる。いらない道具があるから欲しい人いますか?とか、昨日の係留場所に問題があります。等の他の船乗りに周知させる必要のある事を無線で流す。不十分な英語力のため完全には理解してないが、とにかく朝8時にマリーナの無線機の前でアナウンスが始まるのを待ち、タイミングを見計らってヒッチハイクしているということを流せば良いということだった。軽い自己紹介をして、メキシコ本島に行きたいこと、マリーナのカフェでしばらく待っているから興味があれば来てほしいということを伝え、カフェにて1,2時間待つこととなった。

まだ誰もいない朝一のマリーナカフェ

 カフェの椅子に座って待っていると、毎朝いろんな話好きのアメリカ人セイラーのおじさんたちがやたらと話しかけてはくるものの、皆世間話がしたいだけで実際に船に乗せてくれそうな人は現れないまま、5日が過ぎた。あまり粘りすぎるといつまでもバハカリフォルニア半島から出れなくなるし、ぼちぼち諦めてフェリーで渡るための準備に切り替えようという話をしていたところで、カフェに張り紙しておいた連絡先を見つけたセイラーがメールを送ってきてくれた。

 乗組員はアメリカ人のアンドリューとスイス人のクリスティーナ、それから猫のキャットスティーブン。まずは顔合わせしようということでマリーナで待ち合わせ、出発は1週間から10日後で、天候次第だとのこと。二つ返事でOKして、少し飽きてきていたラパツで待ちぼうけするのもつまらないため、半島の南端のオフロードを自転車で周遊することに。ラパツには数日滞在する予定だったものの結局1ヶ月近く経ってしまったが、まあそんなものだろう。南端の未舗装路は海沿いの道で、抜群の景色だった。また、この予定外の周遊で出会った中米の旅行者たちや見事な渓谷のことを考えると、回り道した甲斐があった。

 1週間ほどのバハカリフォルニア半島南端周遊の終わり頃に出港日決定のメールが来て、出港日三日前から酔い止めの薬を飲み始め、ワクワクする気持ちと同時に様々な不安が入り混じり、全く落ち着かない気分のまま出港日を迎えた。いざ待ち合わせ場所のいつものマリーナへ向かい、自転車をバラして積み込む。当初は自転車を船外にロープで括り付けるという話だったため、海水で自転車が錆びることを心配していたが、船内にどうにか積み込むスペースを作ってくれていて、まずは一安心。夕方、日の入り前に待ち合わせして、初日は係留させたままの船内に一泊し、翌朝出港する段取りだった。船員の二人はカップルで、アンドリューの持っていた船に乗組員としてクリスティーナが乗り込んでいた形だが、操縦の知識も技術も二人とも同レベルで始まったようで、どちらが船長というわけでもなく、二人で試行錯誤しながらアラスカからメキシコまで南下して来たところだった。

長さ40ftの彼らのボートその名もGratitude(感謝)


寝室の一部屋に積み込んだ自転車


 船の進む速度と方向を設定すると自動で操縦してくれるオートパイロット機能が現代のヨットにはほとんど装備されているらしいが、二人の船のそれは壊れていて、海に出ている時は交代で24時間ハンドルを握らなくてはならず、かなりの疲労が溜まって無理が生じてきていた。そんなところで自転車旅でヒッチハイクしている私たちの無線を聞き、海の監視や船の操縦を手伝ってもらおうということで声をかけてくれた。つまりは単なるただ乗りヒッチハイクというよりは、ヘルプの見習い乗組員ような形で乗船させてくれた事になる。ぼうっと船に乗せてもらって連れて行ってもらうよりも仕事がある方が気持ち良く参加出来る上に、セイリングに興味のあった私たちにとっては勉強にもなる願ってもない話だった。自転車の積み込みが終わったら、食事をしながら二人が使っているiPhoneのGPSアプリの見方を教わり、本島までの大体の航路を共有して、具体的な細かい操縦方法等は実際に船を動かしながら説明してくれることになった。

 ラパツからメキシコ本島のプエルトヴァイヤルタへ向かう航路の途中にエスピリトゥサントという名の無人島があり、寄り道して丸1日島で遊ぶことになった。クリスティーナは船で読書、アンドリューは島の中を歩いて散策し、私たち2人は船に積んであったパドルボートで島の周りを散策した。各々ゆっくり無人島を堪能したら夜は食事しながらお互いの身の上話をしたり、本島までの航路をどのような段取りで進むかの話し合いをした。出港してからは私とアンドリュー、サブリナ(相方)とクリスティーナと男女別の二組に分かれて、5時間交代で操縦していくこととなった。帆の操作はクリスティーナとアンドリューが行ない、ステアリング操作と海の監視(他の船が近付いていないか、想定外の岩や島や浮遊物が無いか等)を私とサブリナが手伝うという形に。

エスピリトゥサント島が前方に見えている
島から見えた夕陽

 風向きが安定していれば帆の向きを調節をする必要はほとんど無く、ステアリング操作のみで進行方向の微調整をしていく。島を離れるまでは浅い岩場や小島を避けるために方向転換が必要だが、海に出てしまってからは基本的にはまっすぐ進むだけ。風向きによっては進み方に工夫が必要なようだが、今回は安定した風向きで、帆の調整もせずにほとんど全行程をステアリング操作のみで進むことができた。

 車やバイクのようにハンドルを離してもまっすぐ進むということはなく、常に波にさらされているため微調整し続けなくてはいけない。直径1メートル程のステアリングの目の前に大きなコンパスがあり、南東方向110度から120度の間へ向かうようにステアリング操作を行なっていく。また、ステアリング操作を行いながら海の監視、風向きの確認もしていく。少し目を離した隙に波に押されて角度が簡単にずれる。船が横転することは理論上起こりにくいが、帆が風を受ける角度が想定外にまでずれてしまうと、ブーム(帆の向きや大きさを調節するための大きな鉄柱)に無理な力がかかり、船上でその巨大な鉄柱が暴れ、頭にでも当たれば死ぬこともあるし、海に放り出されてしまう。最悪のケースではブームや帆の支柱が折れることもあるという。

 思っていたよりも責任の大きな役割を任されて、始めはかなり緊張しながら操作していたが、慣れてくればそこまで難しいことではない。今回はかなり安定した風の中での航行のため、帆の調整やその他に考えることが無いため簡単にも思えたが、天候が変わる可能性や風向きに対する帆の角度の微調整、船上の小さなことの整備等も行っていきながらステアリング操作と監視を行わなくてはいけないアンドリューとクリスティーナにとっては、かなりの知識と技術と体力が必要だと感じた。それでも2人と話していると船を進ませることはやはりそう難しい事ではなく、何か想定外のことが起きた時の対処時に1番力量が測られるとのことだった。

 海岸近くから離れると、アンカー(船を係留させるためのかぎ爪)を降ろせる浅さの岸がなくなるため、もう船は止められない。朝も夜も24時間ステアリングからは手が離せないし、風が止まない限りは止まらない。余分に詰んであるとはいえ食料にも水にも限度はあるから予定通りに進まないといけない。船酔いに気を付けながら、海に落ちないように、整備もしながら操縦もして、シフト制とはいえ不定期な睡眠時間も重なって少しずつ疲労が溜まっていく。

自分のシフトが終わって甲板でくつろぐサブリナ

 驚いたことにもし海に転落した場合、乗っていた船で救出できる可能性は10から15%だという。車のように急停止することは出来ず、船を転落場所に戻した頃には波にさらわれて落下位置から動いてしまい、目で探すことになるが、実際に船から見えるのは頭部だけ、その頭部も波が大きい場合だと見え隠れしてしまい、容易に発見することは困難だとのこと。ましてや夜だった場合、見つかる可能性はほぼ0%だろう。それを聞いてから、甲板を歩くときは文字通り命懸けのつもりで細心の注意を払い、夜はハーネスで体を船にくくりつけて振り落とされないようにした。

 海図には岩礁や島の詳細地点が載っているため、船の操縦によほどの間違いがなければこれらに乗り上げる事故は起こりにくいが、怖いのはクジラへの座礁。こればかりは回避も予測も難しく、天に祈るのみ。クジラからは船が見えてるだろうからわざわざ当たりにくるということも考えにくいが、やはり事故は起きるらしい。クジラの大きさによっては致命的な損壊にも簡単になりうるとのことだった。

 食事は主にアンドリューとクリスティーナが作ってくれた。ヨーグルトとナッツが入ったシリアル、カレー、サワークリーム入りサラダ、バターたっぷりのポップコーン、大量のチーズソースがかかったマカロニ、釣れた鰹を使ったバーベキューなど。生姜が酔い止めに効くとのことだったから少し気分が悪くなっては生でかじっていた。自転車旅では積載量が限られるためあまり自由な料理は出来ないため、船旅の食事の豪華さは羨ましく感じた。

慣れてきてステアリングを片手で握りながら周囲を確認


 無人島を出てからは目に入る物といえば、水平線とたまに遠くに貨物船が見えるくらいで、景色は常にほとんど変わらない。それでも無人島では大きな亀と出会い、沖に出てからも飛び魚が大きな魚から逃げるところ、クジラが跳ねるところ、どういうわけか朝になると船の上で干からびてる小さなイカを数杯、魚を探してるカモメや名前の分からない鳥、ある夜には船の周囲に無数の発光クラゲとプランクトン、仲間とはぐれたのか1匹で鳴き続けるアザラシ(遭難した人間かと思った)、飛び跳ねるクジラ、30分ほど船頭周辺を一緒に泳いでいた群れのイルカに出会う。

 合計5日間の船旅になり、大きなトラブルも無く無事にメキシコ本島のプエルトヴァイヤルタへ到着することができた。私たちは引き続き自転車に乗り換え、アンドリューとクリスティーナはしばらく港でゆっくりしてからまた南下するとのことだった。運良くタイミングが合えばパナマ地峡を渡る時にまた一緒に航行できたらうれしいねと話しながらお別れ。5日間の船上生活で体が波の揺れに馴染んでいて、久しぶりの陸地に上がった時は陸酔いしそうな感覚になり、慣れるまではしばらく動けなかった。

到着後久しぶりに全員揃ってゆっくり朝食

 波が船を叩く音。星を目印に進んでいく静かな夜の時間。船内で聞こえる船が軋む音。デッキで飲む濃いコーヒー。生姜の辛い味。陸が見えた時の安堵と高揚。深夜の用足しの恐怖。シフト終わりの一服。アンドリューの作るシリアル。海の生き物たち。

 日本から出港した場合、パプアニューギニアやインドネシアにも行けるんだろうか。いつかまた、今度は自分たちの船で航海してみたい。

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