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親知らず抜歯で死亡事故+α

堺市の重度障害者歯科診療所で死亡事故があった。
親知らずを全身麻酔で抜歯予定だったそうだ。
当該患者は特別支援学級にいる学生17歳で、本人の安全などを鑑みて全身麻酔を選択したようだった。
親知らずを全身麻酔で一度にまとめて抜く、これ自体はよくあり、友人の歯科医師に聞いても学生など長期休暇があるタイプの場合はそうやって抜いた方が社会人になってから1本ずつ抜くより効率がいいという。仕事をし出して一々予定をたててするよりは簡単ということらしい。顔がおかめのように腫れることもあるが、一度で済む方がいいという場合は選択していい処置だと思う。

「親知らずの抜歯を全身麻酔でする」これ自体は全く問題ない選択だし、特別支援学級の学生ということを考えると妥当だろう。

そして、歯科の手術の場合、挿管が鼻からになる。これは難易度がかなり上がる。口からの挿管と鼻からの挿管は難易度が違うのだが、歯科麻酔科は術野が口になることが多い関係上基本的に鼻からの挿管になることが多い。

そして、誤挿管と言われるような気管チューブが食道に行ったり、胃管が気管にいってしまうということはある。ここまではいうてまだある。ただ、気管チューブが気管にちゃんと行っているかどうかは空気を送り込んでみて胸が膨らむか、胃管の場合は大きい注射器みたいなもので胃酸が引いてこれるかどうかの確認をする。

この段階で違っていれば気がつくのだ。
そして挿管し直して問題ない。こういうことはよくあることで確認を怠らない限り事故にはならない。イメージとしてはアクセルとブレーキの踏み間違いみたいなものだろうか。普通踏み間違えたら一瞬で気がついて戻れると思うのだ。そして事故にはならないだろう。「アクセルとブレーキの踏み間違い=人身事故」にはならないのだ。

この段階で確認を怠って前に進むから事故が起きるのだ。
今回はここの確認を怠ったのだと僕は思う。
僕の記憶が正しければ20年ぐらい前に同じような事故があった。そして歯科麻酔科の研修施設が非常に減ったと聞いている。友人が口腔外科にいたので聞いていたのだが、歯科麻酔科の研修は非常に難しい。

まず、数が少ないのだ。歯科麻酔科だろうが、医科の一般的な麻酔科だろうが全身麻酔は同じことをする。ただ、歯科は歯科で分けられているので歯科からくる文脈の全身麻酔の必要な症例にしか出動することができない。しかも、20年前の歯科麻酔の事故以来歯科麻酔科の研修ができる施設も少ない。そうなるといよいよ歯科麻酔科医が育たないのだ。ちなみに口腔外科の専門医にも麻酔科研修がある。そうなると席の奪い合いになり、数が生まれなくなる。そうすると救われる数も減るのだ。

歯科医師で全身麻酔をする方がおかしい思うひとがいるかもしれない。これに関しては違うと言っていい。歯科医師でも鎮静(意識をボウとさせて)下で治療することもあるし、インプラントなどの症例で自発呼吸を失うほどまでは深くないが、割と深く麻酔をかけることもある。これに医科の麻酔科医を出動させていたら麻酔科医はいよいよ足りなくなる。歯科の方が楽でリスクが少ないと言えるだろう。産科のように技術的にも難しいリスクの高い麻酔を誰がする?誰もしなくなると僕は思う。つまり無痛分娩なども今以上にしにくくなるということだ。

僕は医療従事者側なので基本的に医療従事者を守る側に来ることが多いが、今回ばかりは流石にフォローできない。
遺族の声明は「誤挿管にしても、救急車を呼ぶのを遅れたことにしても今後どうするのか、どういう考えを持っているのかという説明が一切ない。不信感というか、今後そういうことが起きてほしくない。」としていた。
全く異論がないというかその通りとしか言いようがない。むしろ、普通の確認をしていたら起きなかった事故だし、その後もし起きてもこういう基準でこうするというのは遺族が望んでいるいるならば遺族に示すべきだと思う。

患者さんが亡くなったのもそう、歯科麻酔の肩身を狭くしたのもそう、医科の麻酔科の負担が増えるであろうこともそう、かなり罪深い一件になったと僕は思う。

そしてここからが+αの部分になるのだが、実はこの事件は7月に起きている。患者さんが亡くなったのは8月だ。そして、東大病院の研修医が痩せ薬として糖尿病薬を出していた件もニュースになっているが、これは5月の話だ。
実は医療関係者の不祥事は例年年末から年始にかけて発表されることが多い。これは4月からの点数改正に向けての点数を上げるか下げるかの話をこの頃にしているからだと言われている。医療報酬を下げてもいい風潮を世間に広めるためだとまことしやかに言われている。特にコロナ禍で材料費が高騰し、人件費を上げろ上げろと物価に関しては10%から20%は上がっただろうか。人件費も固定費だ。一度上げると基本的に下げることもできないし、なかなかのものだ。しかし、医療報酬は10%どころか3%も上がっていない。コロナの需要で内科はプラスになったところが多かろうが、歯科は1%も上がっていないと思う。つまり、とんでもないマイナスを抱えているのだ。材料費や人件費を考えたら10%以上診療報酬をあげないと行けないはずだが、そうはなっていない。そしてここにきて医療関係者の1年間の不祥事をぎゅっとして出す。いかがだろうか。

今は医療報酬を上げる議論がされている報道をたまにみる。そして、医療従事者の事件を立て続けに見る。こうして印象が操作されていくのだ。僕自身地域医療に貢献してきたし、国の医療政策に賛同して生きてきた。しかし、国は医療を軽んじているように思う。それらを加味して僕は保険診療をやめようかと思っている。自費診療で対価を払える人に僕が思う最大限の治療をしたいのだ。
現在の国が決めた診療報酬では最低限の治療しかできない。病院や医療従事者も現代社会ではお金がないと生きていけないのだ。

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