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12/16(土)、ノンフィクションライターの井上理津子さんをゲストに「インタビュー田原町06」を行います

「いちばん繁盛したのは、十二月三十日と三十一日でね。二日間で、一か月分を売り上げましたよ」
 
インタビューをするので、井上理津子さんの『絶滅危惧個人商店』(筑摩書房)を読み直している。
冒頭、話しているのは台東区・山谷にある「金星堂洋品店」の店主の大澤さんだ。労働者の街として活気があったころ「七万五千円の革ジャン」が売れたという。買っていったのは、正月に帰郷するのに服を新調する労働者たちだ。

井上さんがこの店を取材することに決めたのは、たまたま簡易宿泊所に暮らしているミズタニさんと通りを歩いていて、店のショーウィンドーに飾ってある小さな招き猫が目にとまったからで(とくにお店探訪記にミズタニさんが登場しなければいけない必然性はないのだけど、ミズタニさんの雰囲気をふくめ、井上さんが綴る会話が労働者の街自体の空気を映し出している)。
店主に取材するのは後日のこと。
ミズタニさんと入ったときには店内に大音量で「ドビッシー」が、再訪した日には「ホフマンの舟歌」が小音量でかかっている。

『絶滅危惧個人商店』より
(イラスト/中村章伯)

毒蝮三太夫のラジオの街角レポートみたいな店内での会話も気持ちよく、クラシックが流れている理由もそれとなく聞き出している。イチゲンさんに寸借詐欺のように騙された話などを交えながら、お店レポートではなく、店主のひとなり、街のなりたちがうかがい知れる「読み物」になっている。
井上さんのほかの著書にもいえることだが、ふだんのままの会話のやりとりに味わいがある。

ということで、
12/16(土)、浅草・田原町の本屋さん、Readin’Writin’ BOOK STORE「インタビュー田原町06」を行います。
ゲストは『絶滅危惧個人商店』(筑摩書房)、『師弟百景』(辰巳出版)、『葬送の仕事師たち』(新潮社)など徹底した取材で知られるノンフィクションライターの井上理津子さん。

『芝浦屠場千夜一夜』の山脇史子さん(01)、
『ジュリーがいた』の島﨑今日子さん(02)、
『ルポ 日本の土葬』の鈴木貫太郎さん(03)、
『仁義なきヤクザ映画史』の伊藤彰彦さん(04)、
『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』の畠山理仁さんに続き、
最新刊『葬送のお仕事』(シリーズお仕事探検隊・解放出版社)、
『師弟百景 “技”をつないでいく職人という生き方』(辰巳出版)を主要テキストに、過去作も含め、「取材するということ」「書くということ」についてインタビューを行います。

今回、井上理津子さんにお話を聞きたいと思ったのは、04回ゲストの伊藤彰彦さんが雑談タイムに「師弟」を取材して本にまとめるということを考えていたけれども断念された。理由は、井上さんが書かれた『師弟百景』を手にし、自分の出る幕はない。そう思ったと話されるのを聞いて、遅ればせながら読んでみました。

師弟バディものというのはわりと考えつく題材ではあります。
『師弟百景』は庭師、釜師(茶道具)、仏師、染織家、左官など16組の「伝統」の世界の職人の現場を覗き、話を聞きとっていったもの。まず、口絵のカラー写真がいい。きめ顔で収まるのではなく、(ほら、ここはなあ……)と師匠が、のぞき込む弟子に手元を見せている。
筆を口にくわえる師匠の気配を背中に感じ取りながら、作業にうちこむ弟子。
チラッと弟子の手つきを見て(うん。できとる)と得心する師匠。
無音の写真の一コマから会話が聴こえてきそうなショットを目にし、こうした現場に立ち会っているということは、著者の仕事もまた入念なものにちがいない。
日に数組、読んでいきました。

『師弟百景』より

もともと遅読なこともありますが、さっさと読めない。それぞれ、仕事を一度咀嚼し再理解していったうえで、現場で受けた説明を地の文章に落とし込み、言葉として人に伝えようとする。
かつては、仕事は「見て盗め」とされてきた職人の世界ですが、いまはそんなことを言っていたら後継者は育たない。

井上さんは「あとがき」で、
〈今は昔、職人というのは気難しくて寡黙だ、というイメージがあったと思います。ところが、どうでしょう。ここにご登場いただいた親方たちはちっとも気難しくなく、どちらかというと饒舌(じょうぜつ)でした。〉と綴っている。

様変わりしたものだなぁと感心しつつ、それでも何年間は「給料なし」で師匠に仕えるという昔ながらの関係もいくらかは存続しているようだ。入門動機はさまざま。一章ごとが濃い世界です。

たとえば「茅葺き職人」の章。
「あ、茅って植物の名前と思われがちですが、ススキや葦(よし)、小麦藁(わら)など屋根を葺く植物の総称なんですよ」
と笑顔の師匠から教わる著者は〈意外でした。〉と記す。
読者のわたしも、このとき初めて知りました。
学んだといえば、
「茅は一本一本がストローのような形状で、筒の中に空気が入っているから、冬は暖かく、夏は涼しく、しかもカーボンニュートラル」という説明に、へえー、なるほど。
これも知りませんでした。
でもって、さっそく誰かに教えてみたくなる。落語に出てくるお調子者だ。

もう一冊。
『葬送のお仕事』は、〈シリーズお仕事探検隊〉の最新刊で、『屠畜のお仕事』『ごみ清掃のお仕事』が既刊書としてある。
ルビがふられた中学生くらいからに向けた本づくりがなされる一方、大人が読んでもおかしくない。
葬儀にかかわる仕事の説明とともに、かつては差別や偏見をもって見られていた「職業の歴史」についても記されているのは、類似する本とのちがいだろう。

読み物としても、コロナ禍にあって医療者に劣らぬくらい葬儀に携わる人たちがなしていた役割、奮闘を伝える現場の声。
お葬式の慣習として定着してきた、帰宅すると玄関口でまく「清め塩」が、いまはお客さんから要望されないと出さない葬儀社が増えてきているという。
理由は死者を弔う行いを穢れとする考え方の見直しからで。そうした移ろいの背景をも記しているのもこの著者、この出版社の本ならではだ。

さらにいうと、この本の面白さはインタビューにある。
葬祭ディレクター、納棺師、葬儀スタッフの派遣会社を起業した人、火葬場に勤務する女性スタッフなど、現場に立つ若いひとたちに聞いている。
これ自体、こうした本では定番の編成だが、ひとりひとりの「個」が見えてくるのはさすがだ。
なかでも、26歳で葬儀社を独立開業した吉井さんの話には意表をつかれました。

定時制高校を卒業、自身で「夜職(よるしょく)」と言う、新宿・歌舞伎町のキャバクラでボーイをしていたというのを聞いて、チャラ男くん?と一瞬斜めに見たジブンを後に恥じました。
根っから接客が向いているのだろう、家電量販店でトップセールスマンとなったのちに葬儀会社で5年働き、「明朗会計」の葬儀社を起業する。
その際、銀行などから1800万円を借り入れたというが、融資申請のために作成した「事業計画書」と入念な業界リサーチ、さらに顧客に葬儀項目を「カスタマイズ」(棺桶は必要だけど、粗供養は不要というふうに選びやすくする、そういう顧客目線の葬儀会社があることにビックリ)してもらう斬新な営業展開など、もう「若造」ではない。
起業にあたっての抱負もいい。業界の革命児になるんじゃないの。コロッと印象がひっくり返った。しばらく吉井くんのこれからを観ていたい気持ちにまでさせる。

というわけで当日は、二冊の新刊を中心に、これまで書かれてきた著書にもふれながら「書くということ」「取材するということ」について初心にもどり教わろうと思います。


話し手/井上理津子(いのうえ・りつこ)さん
1955年奈良県生まれ。ノンフィクションライター。大阪を拠点に人物ルポ、旅、酒場などをテーマに取材・執筆をつづけ、2010年に東京に移住。『さいごの色街 飛田』(筑摩書房のち新潮文庫)、『絶滅危惧個人商店』(筑摩書房)ほか多数。とくに葬送関係は2012年から取材を始め『葬送の仕事師たち』(新潮文庫)、『いまどきの納骨堂 変わりゆく供養とお墓のカタチ』(小学館)、『親を送る』(新潮文庫)がある。

聞き手/朝山実(あさやま・じつ)
1956年兵庫県生まれ。書店員などを経て1991年からフリーランスのライター&編集者。人物ルポを中心に今年5月に休刊した「週刊朝日」で30年間「週刊図書館」の著者インタビューに携わってきた。
著書に『父の戒名をつけてみました』『お弔いの現場人 ルポ葬儀とその周辺を見にいく』(中央公論新社)、『アフター・ザ・レッド 連合赤軍兵士たちの40年』(角川書店)、『イッセー尾形の人生コーチング』(日経BP)など。編集本に『「私のはなし 部落のはなし」の話』(満若勇咲著・中央公論新社)、『きみが死んだあとで』(代島治彦著・晶文社)

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