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「自宅葬」という文化を推奨する、小さな葬儀社


取材・撮影=朝山実


「何もしなければ、始まらない。始めなければいいんです」

 ここは鎌倉駅に近いビルの会議室。取材をはじめて1時間は経過していただろうか。「始めなければいい」ときっぱりと言い切る林さんは「鎌倉自宅葬儀社」の立ち上げに際して事業コンセプトの設計を担ってきたパートナーだ。鎌倉まで取材に訪れたのは昨年秋だった。
 鎌倉を拠点とする、鎌倉自宅葬儀社の設立は2016年。社名にあるように、自宅でのお葬式を提案する葬儀社だ。

「みなさん誤解しているのは、葬儀会社に電話をしたら何かが始まると思い込んでいる」と林さんはいう。

 その林さんからすこし離れた席に座わるのは、黒いベスト姿の馬場偲(しのぶ)さん(35歳)。名刺の肩書きは「自宅葬コンシェルジュ」で、今回のインタビューの主人公だ。


 お葬式といえば「喪主」となる家族が、あわただしい中でサクサクと段取りを決めなければならない。父のときに喪主を務めた体験から、わたしは、あれやこれやをその場で決めていく。そういうものだと思い込んできた。だから「決めないでいい」という林さんを、わたしはポカンと見返していた。決めないというのは、どういうことなのか?
 
 林さんは、これまでナイキやアディダスといったグローバルブランドのマーケティング部門で新製品のコンセプト設計に携わってきた経験をもつ。「自宅葬」専門の葬儀社の設立に際しても、まず葬儀社や僧侶、介護関係者などに丁寧に取材を重ね、葬儀業界の現況把握に努めたという。業界の内情にも詳しく、「自宅葬」の展望も彼の頭の中にはある。やり手なにおいがする。

 誰しも「喪主」となることは何度もあるものではない。病院からは患者が「ご遺体」となったとたん、運び出すように迫られる。もちろん病院スタッフに悪気がないのはわかってはいるが、何人ものひとから聞いたところ「早く出ていくよう、せかされる」感じになるという。
 体験者であればわかってもらえるだろうが、わたし自身、訃報を受けてからその日はベルトコンベアに乗っかったようだった。
 やって来た葬儀屋さんからパンフレットを見せられ、棺はどれにしますか? 骨壷は? 祭壇の花は? と選択を求められる。
「おまえとヘルパーのひとだけでいてくれたらいい」と口にしていた父の言葉に従いシンプルに抑えたつもりだったが、それでも終わってみたらお坊さんへのお布施を合わせると百万円近い「お買い物」になっていた。念のため言い添えておくと、そのときの葬儀屋さんは丁寧かつ気配りのある、すこぶる好印象のひとだった。

 それでも、あの骨壷、小さすぎない? 棺はあれでよかったのかな……。
 決めたはものの時間が経つにつれ、後悔とまでは言わないが、もやもやしはじめる。葬儀社さんが立ち去ってからひとり、ゴニョゴニョと反芻していた。
 父が他界したのは東北の大震災があった年のことで、もう8年にもなるが、喪主は即決するもの。林さんに言われるまで、そう思いこんでいた。だから「始めない」とはどういうことなのだろうか質問していた。

林さん「確かに、仕事の流れとしてはその場で決めてもらうほうがいいんですが、僕らはこれまでの葬儀の仕方を見直していきたいんです」
 
 林さんは、お葬式を終えたところでご家族から「ゆっくりできてよかった」と満足してもらうことが自分たちの目標だという。そのための「自宅葬」であり、ご遺体を自宅に搬送した当日は「その後」のことは何も決めずにスタッフは辞去する。だから、この時点では「まだ葬儀は始まっていない」
 林さんの話に耳を傾けていた、馬場さんを見た。現場を預かる責任者で鎌倉自宅葬儀社の発起人だ。

 本当にご遺体を安置するだけなんですか?

馬場さん「そうですね。使われていたお布団に寝かせて、ドライアイスをあて、お線香をあげ、こういうふうにすごしてくださいということをお伝えして、僕は帰るようにしています。
 だいたい亡くなられるのは夜中が多いので、ご家族は疲れきっている。『今日はもうゆっくり休んでください。しばらくは耳は聞こえているとお坊さんが話されたりしているので、できるだけ傍で話しかけてあげてください。そうすれば、ご自分の気持ちの整理もできますから』。そんなことをお話して、見積もりや日程については、明日決めましょう。そういうと驚かれる人もいらっしゃいますね」

 馬場さんの言葉を、林さんが引き継いだ。「みなさん、こうしなければいけないということに捕らわれすぎているんです。たしかに都内であれば火葬場が混み合って何日も待たないといけないという事情もあるんですが、地域によってはまだそこまではいっていないですし」

 眼鏡に黒いベスト姿の馬場さんの第一印象は、ホテルやレストランの現場を取り仕切る人のように見える。清潔感があり、語り口も穏やかだ。

 鎌倉自宅葬儀社のホームページを覗くと、3日間のコースと7日間のコースが紹介されていますが、7日間の場合、馬場さんはご自宅に毎日通われるんですか?

「そうです。ドライアイスを交換するのと、ご遺体の様子を確認させていただくために。最初、お客さんが一週間と聞かれて、ご心配になられるのは、ご遺体は大丈夫だろうか。それをケアするためにドライアイスを毎日あてるんですが」

 ドライアイスはどれくらい使うんですか?

「一日10キロです。ご遺体の状態にもよりますが、夏場でもクーラーを24度くらいに設定しておくと十分もちます。それで一日一回ドライアイスの交換をする際にいろんな話を聞くんですね」

 ここで、病院などで亡くなられた際の一般的な葬儀の流れを要約すると、まず依頼を受けた葬儀社のスタッフが寝台車でご遺体を「お迎え」に行く。搬送先は、葬儀社のもつ会館や施設が多い。団地やマンションなど集合住宅の増加とともに自宅の割合は年々減少してきた。ご遺体を安置すると、そこから葬儀社の担当者と打ち合わせに入る。
 会葬者の数などから、レストランのコース料理のようにランクを提示され選択することになるのだが、説明を受けながら、ウェイターに待たれているような感覚に陥りがちだ。
 父の葬儀のときは、当時はスマートホンなど持っておらず、葬儀社を電話帳で探し、入居していた施設に来てもらった。パンフレットを見せてもらいながら、急かす態度はまったくなかったものの、「この場で決めなきゃ」という気持ちがあせる。「それではこれで進めさせていただきます」と言われるまで、20分もかからなかったように思う。

馬場さん「そうですか。僕たちは、先ほどもお話したように、ご家族に早く決めてしまいたいというご希望がないかぎり、こちらから見積もりについて切り出すことはしません」

 当日に見積もりの話をしないというのは、なるほど重要なことだ。この原稿をまとめようとしているいまは、とくにそう思う。確認のため馬場さんに、自宅に搬送した後の流れを聞いた。

「生前にお使いになられていたお布団にお寝かせして、お線香があげられるようにします。安心してもらうことが大事ですから、何かあれば24時間対応していますので電話してくださいとお伝えする。決めるとしたら、翌日の何時に行きますということくらいですね」

 繰り返しになるが、わたしたちが急いで決めなければいけないと思い込んでいるのは、「滞りなくしなければ」という強迫観念があるからではないだろうか。ご遺体の腐敗が早いといった話を聞きかじったりしていると、余計に急かされた心理に陥ってしまいがちだ。しかも、人生初体験だったりする。
 それが「一週間かけて弔えればいいんだ」となると、どうだろう。
 パンフレットを広げ、これは必要だが、これはなくともいいといった選択も可能となる。そればかりではない。
 記憶をたどり、故人に合ったオリジナルのお見送りのアイデアも浮かんでくる。そうした時間を得られるのが自宅葬のよさだ。と馬場さんはいう。

 林さんがいう。「葬儀会社の人と話していると、病院で亡くなって葬儀会館にご遺体を運ぶ際、ご自宅の近くを通ってくれと言われることが多い。だったら一日でも家に帰せないものかと思った」

 自宅での葬儀は別にしても、一夜だけでも自宅に帰したい。そうした家族の希望に臨機応変に対応してくれる葬儀社は、多くはないのが現況だ。ならば逆に「自宅葬」の潜在的な需要はあると馬場さんも林さんも考えた。
 
 馬場さんのところでは、見積もりの取り方もすこし違っている。
 この祭壇は彫り物がいっぱいあって豪華なものですよ、こちらの骨壷は有田焼なんですよ。というふうな勧め方はしない。

 まずは「故人に対して何をしたいのかを考えてください」と語りかけている。とくに馬場さんが提案しているのは「納棺師」だ。映画『おくりびと』で本木雅弘さんが演じたことで知られるようになったが、ご遺体を湯で拭い、お化粧を施し、棺に入れるまでを行う。

「昔は3Kみたいにして避けられることの多かった職業ですが、あの映画がきっかけで見方が変わってきました。やりたいといって若い人たちが入ってくるようになり、それもいまは女性が多くなっています。
 若い人が増えたというのは、ボランティアの経験があり、やりがいに重きを置く人が多いというのもひとつの傾向としてあると思います」

 鎌倉自宅葬儀社のプラン紹介には、お迎えの寝台車、お棺、骨壷、日数ぶんのドライアイス。お線香をあげる道具、花の装飾など「必要最低限」のものだけが紹介されている。

「祭壇も、豪華に花で飾るということをご希望がなければお勧めはしていなくて、六畳一間であっても、お棺とお花と線香をあげるスペースがあけば十分にご葬儀は行えます。祭壇などはなるべくコンパクトにして、そのぶんほかのことにお金をかけてくださいと提案しています」

 葬儀業界の取材をしてきたこともあり、葬儀社サイドから祭壇をコンパクトにしましょう、と提案するというのは驚きだった。いくぶん裏事情めいた話になるが、祭壇に供える生花は仕入原価と照らすと利幅が大きく「儲けどころ」でもある。とくに低価格な葬儀が主流となりつつある昨今は、家族が金額を抑えようとして、花はそんなにいりませんと言ったりすると、想像した以上に質素感がただようものになりかねないということもある。後悔しないためにも大事なポイントでもある。
 もちろん馬場さんもそうした事情は承知した上で、豪華な花祭壇よりも、複数の「花かご」を配置するなどの空間づくりに力を注いできた。
 もう一点、鎌倉自宅葬儀社がユニークなのは「お葬式の主役は家族」で、自分たちは「お手伝い」につとめる。だから、移動させたりする際に棺を一緒に運んでもらったりもする。

「従来の葬儀社は、大変でしょうからと気遣いながら、一切ご家族の手をわずらわせない。その分、サービス料にあたるものが加算されているんですが、僕たちは、こちらが提案するものに、ご自身で手を加えてくださいとお願いしています」
 
 馬場さんが提唱する、「家族が手を加えるお葬式」とはどういうものなのか。この取材から三ヵ月後、実際の現場を見せてもらうことができた。

つづく👉https://note.mu/monomono117/n/n2b203256e98d



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