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石井隆さんのこと(③裏話『GONIN インサイド・ストーリー』 )


『GONIN』の取材で、よく覚えているのは、大越組事務所のロケ現場で本木雅弘さんにインタビューしたときのこと。撮影が押し「すみません。お待たせしてしまって」と現れた、うわぁ、本物のモックンだぁと気持ちがもりあがっていた。
差し出した名刺を両手で受けた彼がしばらく黙って見ている。
「ジツさんというんですか?」
とテーブルの上に名刺を置かれた。「すみません。名刺をもってなくて」と言われたようにも思う。
あとにも先にも渡した名刺をじっと見る芸能人は彼ひとりだったから印象に残っている。今回インタビューをあらためて読み返すと、石井監督の演出、現場での接し方を丁寧に語っていて興味深い。

そういえば、ノンフィクション作家の永沢光雄が本木雅弘をインタビューした記事の中に、永沢さんだけがお酒をちびりちびり飲みながらの取材はすでに3時間くらい過ぎ、本木さんが妻に電話をしたか、かかってきたかして「もうすこし帰れそうにないから、先に夕飯は食べていて」と言っているのを、永沢さんが聞いている場面がある。永沢の文章から、誠実すぎる本木像が見えてくるインタビューコラムだった。わたしも、会ってみて、きまじめなひとだと思った。

『GONIN インサイド・ストーリー』から


映画の完成試写か初日の舞台挨拶のあとだったか。竹中さん、根津さん、佐藤さん、椎名さんたちメインキャストにスタッフをまじえた石井組で打ち上げするから「アサヤマくんも来る?」と言われ後ろからついていった。
隣の席で根津さんと椎名さんと芝居論みたいな話をして、あつくなっているのを耳にしながら(店に入る直前、チンピラふうの数人と肩が当たったどうのと絡まれ不穏な空気になりかけた椎名さんを、まあまあと上手に引き離していたのが根津さんで、根津さんカッコイイと思ったりした←あとからアレは『ヌードの夜』のときだったかもしれないと記憶がからまりはじめた)、わたしは「ああ、もう帰りたい」と思っていた。
いまになってみれば、なんと贅沢な時間だったか。だけど子供のころから人といるのが苦手で、ウルトラマンのカラータイマーじゃないけど、仕事でしか人と会いたくないし用がすめばさっさと「帰りたい」性分で、あのときは眠気もあった。
石井さんは朝まで飲み歩くのが好きというか、ひと恋しいひとで「えっ、帰るの? アサヤマくんはそういうひとだったんだ」と言われちゃ浮かした腰を下ろし、ズルズルと夜が明け、始発の電車で帰ったりしていた。

当時、最後の数人になるまで付き合っていたのは撮影の佐々木原さんで、三丁目の静かなゲイバーで〆にちあきなおみがかかっていた。席についてしばらくすると映画の中の唄が流れ、石井さんはそれを聴きながら愉し気で、とくに口ずさむでもなく佐々木原さんと話している。そのときの穏やかな顔が思い浮かぶ。
映画のスタッフでもないのに、ここに参加していていいのかなぁとか思いながらよくその場にいた。
勘定はいつも石井さんで、深夜の電話では監督なんかしていると出ていくばかり、赤字だ赤字だと言っていたのに、誰かが財布を出そうとすると「そんなこと」と口をとがらせるのが石井さんだった。

奥野安彦撮影。
大越組のロケ現場で、待ち時間に「五人」の集合写真を特写。


「アサヤマさん、本の協力はできなくなったから」
クンではない。サンという響きから身構えた。あの日、石井さんから電話がかかってきたのは、めずらしく日の高い時間だった。翌日には木村一八さんのインタビューをすることになっていて、準備をしているところだった。
石井さんが口にしていた詳しい事情は忘れてしまったが、ふだんは柔軟なのに声を落として話しだしたときは頑として聞かないひとだから、これは面倒なことになったなあと頭をかかえてしまった。すぐに『GONIN』のメイキングブックの出版を引き受けてくれた情報センター出版局に連絡をとり、判断を仰いだ。

映画『GONIN』の「インサイド・ストリーリー」という副題の本を作ったのは、奥付(95年9月発行)からたどると、ちょうど今頃の季節だった。映画の公開は9月23日、松竹系全国公開で、公開前に書店に並べるということだった。
「映画のメイキング本を出せないかなあ」と石井さんから話があり、「松竹系の全国公開だし、スターが揃う映画だから」とやる気まんまん。キャストは当時事故で顔面にひどい怪我を負ったビートたけしの復帰第一作で、右目に眼帯をつけたたけしが異色のヒットマン役で出る。これだけでも話題を呼ぶ。さらに佐藤浩市、本木雅弘、竹中直人、根津甚八とスターが揃ったヤクザの金庫を襲うアクション映画。キャストのインタビューはもちろんのこと、『夜がまた来る』のときのようなスタッフ・インタビューも合わせ「石井隆編集」の手の込んだものにしたいという。

当時も映画の本はなかなか売れないとは言われていたが、石井さん主導でつくるならというので、当時付き合いのあった営業のMさんに話して動きだした。それが撮影の後半戦くらいだったか。
プロデューサーのO氏が現場に介入し、潤沢なはずの資金がどこかにごっそり消え(映画のストーリーみたい)横槍は入るし。石井さんはもちろんシナリオどおりに映画を完成させたい。そのためにはタテでもホコでも交渉道具となるものは使おうと腹を決めたのだろう(おそらく)。

もともと石井さんが発案だった企画であるにもかかわらず、「あれは、アサヤマさんが松竹と組んで進めているものでしょう」などとトボケたことを言い、O氏の歩み寄りがないかぎり自分は宣伝には一切協力しませんから。そう宣言したのだった。もちろん話の発端を履き違えている。ちがうよ、石井さん。だけども言ってもしかたなく、、、
宣伝部で現場についてくれたスタッフは石井さんのファンでもあり、O氏との板挟み状態になっていた。そういえば、わたしはその場を見ていなかったが、ロケバスの中に監督が閉じこもり現場がストップしたというドタバタ笑い話のような出来事もあった。

すぐに事態は解決する様子もなく、時間も限られていた。石井さんから「監督インタビューは受けません」とまで言われたのには完全にまいってしまった。
キャストのインタビューは松竹側から支障なしと言われたものの、監督が受けないのならばとスタッフ全員がインタビューを辞退。これでは予定していたメイキング本の体をなさない。キャストのロングインタビューと写真で本にするか、中止にするか。
出版社は中止の判断に傾きかけたが、松竹から本は出してもらわないと約束違反になると責められるしで、虎の子の通帳を見ながら「アサヤマが売れ残った本はぜんぶ買い取るから出版してもらえないか」と電話し、そこまで言うのならと情報センターの局長さんが社の会議にかけてくれ、なんとか最善を尽くすということになりはした。
しかし、ブックデザインをお願いしていたミルキィ・イソベさんからも、「そうかぁ。事情はわかったわ。石井さんならやりかねないなあ。協力はしたいんけど、でも、石井さんがやらないと言ってるのを私がデザインするというのはねえ」と言われ、窮したあげく「じゃあ、私は直接手は出せないけど、うちのスタッフにさせるね」とサポートしてもらった。それで何度か銀座線に乗って上野のミルキィさんの仕事場に通ったのだった。

『GONIN』インサイドブックから

佐藤浩市さんにインタビューしたのは、新宿のバッティングセンター。
好印象のない青年実業家の生い立ちを、どう理解しようとつとめたかを語っている。佐藤さんもそうだが、キャストの面々、脚本に書かれていない役の設定をどう考えたかを語っているときの顔つきがよかった。
根津さんの話の中に出てくる、「ジミーいいですね」と監督と二人で呑んでいるときにもらした、なにげない一言を、石井さんが気にかけ、翌日「根津さん、どっちにします」と確認されたという。
もちろん年齢的に無理な役だが、石井さんは根津さんのために書きかえることを一晩真剣に検討したと後に話していた。
編集でまるまるカットされてしまったラブホテルでのシーンを語る椎名さんの話から、渋谷のラブホテルのロケ現場に行ったが、中に入れず、ずっと外でスタッフの動きを眺めていたのを思い出した。
石井さんが、たなか亜希夫と組んだ劇画作品『人が人を愛する事のどうしようもなさ』の中に「ジミー」のモデルともいえる短編がある。アメリカンニューシネマ的でしかも石井カラーが濃厚で好きな作品だ。
考えに考えカメラの前に立つ本木さん。
インタビューを読むと、役者と監督の関係が、恋のやりとりに近しく感じられる。
鶴見さんが演じたのは、アルマーニのスーツのヤクザ。わたしが一番魅了された役でもある。
当時、ヤクザといえば「オラあ!ワリャ!」と怒鳴り声をあげるのが映像の定番。鶴見さんはコミカルでやさしい青年のイメージが定着していて、最初ヤクザの演じ方がわからず、定番ふうに演じかけたところ、監督に話しかけられ、悩んだ末に「目を合わせない。相手を見るときは殺すとき」という独自の「久松」をつくっていったという。以降幅広い役柄を演じていく。転機となるのが「GONIN」だった。
『人が人を…』から「小指の思い出」。
フィリピーナを管理するチンピラヤクザの名前は「一馬」
なりゆきから女を助け逃げようとする、組事務所に押し入るなど、後の『GONIN』につながる原点となる逸話が点在している。
音楽が聴こえてきそうな、
ラストがまた石井隆らしい。

ひさしぶりに『GONIN』本を見返してみると、キャストたちが自身の役をどう理解したのか(あて書きの部分は多かったが、ト書きには人物の背景は書き込まれていず、それぞれが役のバックストーリーを考え抜いてカメラに向かっていた)。とくにたけしの相棒の殺し屋「一馬」を演じた木村一八さんの語りは、彼の子供時代の心象風景の一部にも思えて、そうした話を各人から聞けたのは面白く、それぞれの語りに各人の個が見える。さらには石井監督について、現場での演出する様子を語っていて読みごたえがある。
一方で、やはり、語られている監督がここには姿をあらわさない、出てこないというヘンテコな構成で残念至極。(現場の写真はふんだんにあるのだけど)。

結局、現場で奥野安彦さんが撮影していたキャストの写真は、デザインの統一性を取るということで、ほとんど本では使わず、松竹から提供された写真を使うことになった。これはこれで躍動感のあるいい写真だ。
そのかわり、奥野さん撮影の、現場で役の衣装のままのメインキャスト9人の写真は「週刊プレイボーイ」のグラビア特集で発表することができた。本では忸怩たるものがあったが、こちらは自分でいうのもなんだが完成度の高い誌面になった。
(つづく)



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