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ショートショート『窓際のパンケーキ』

『窓際のパンケーキ』 
それは、ゆうきの大好きな小説。

いつの日か、
その舞台となった場所へ行ってみたい
ゆうきは、そんな風に思っていた。

物語の世界だから、地名やお店の名前は
まったく分からないし、もしかすると
すべてが架空の話かもしれない。

だけど、それでいいと思った。
だって、その方が面白そうだから。

ゆうきは、
これから始まる想像の旅に 
心おどらせた。

小説の舞台となっているのは、
山と海があり、緑が多い場所。

地図や旅行誌を読んで
それっぽい場所をいくつか見つけてみた。

そして、その中で
一番行ってみたいと思った場所へ
行ってみることにした。

久しぶりに、気持ちのいい天気だった。

梅雨の季節のうれしい晴れ間。
車窓に広がる青い空、青い海。

どんな旅になるのだろう。
ゆうきは、想像をふくらませた。

電車が進む先には、
線路を挟むように
美しい紫陽花が咲いている。

線路沿いにある石畳の階段を上がると、
古民家を改装したカフェが見えてきた。

漂ってきた甘い香り。
シロップとバターの香りは
思わず顔がふにゃっとなるくらい
甘くて美味しそうな香りだ。

店内へ入ると、通されたのは
外の景色が一望できる窓際の席だった。

メニューを見ると
まっ先に飛び込んできたのは
パンケーキの写真。

ゆうきは、迷わずそれを注文した。

店内に立ち込める
おいしそうな匂い。

「お待たせしました!」

こんがりと焼けたパンケーキの上に
バターがとろり。

「お好みで、こちらのシロップを
 おかけください」

シロップをかけながら、ゆうきは思った。

このシチュエーションは
何だかまるで…
そう、小説の世界そのものだ。

「これってまさに…」

「『窓際のパンケーキ』」

ゆうきは、
誰かと同じタイミングで
同じ言葉を口にした。

店員のみっこだ。

「あなたもあの小説のファンですか?
 僕もそうなんです。好きすぎて
 実在するかどうかも分からないお店を
 こうして探す旅に出たりして」

ゆうきは、興奮して早口になった。

「ファンっていうか…
 あれは私が書いたものなので」

「えっ⁉︎」

「パンケーキ、温かいうちにどうぞ」

「あっ、はい。いただきます」

みっこの言葉に戸惑いながらも
ゆうきは、パンケーキをほおばった。

ふわっふわのパンケーキは
ナイフを入れるとサクッと音がした。

中はしっとりしていて、口に入れると
あっという間にとろけていった。

「おっ…美味しい…」

ゆうきはぺろりと
パンケーキを食べてしまった。

だけど、やっぱり気になるのは小説のこと。
ゆうきはもう一度、店員のみっこを呼んだ。

「すみませーん!」

「はい、なんでしょうか?」

「あのー、
 『窓際のパンケーキ』は
 本当にあなたが書いた小説ですか?」

「ええ、そうですけど」

「じゃあ、小説に出てくるパンケーキのお店は
 本当にこのお店ってこと…?」

「そうですよ。
 ここが『窓際のパンケーキ』の舞台です」

「うわー、どうしよう!
 うれしいけど信じられない。
 本当に実在するお店だったんですね。
 しかも、僕は今、その場所にいるなんて」

ゆうきは、驚きとうれしさで
声が大きくなってしまった。

すると、キッチンの方から何事かと
店長らしき男性がやって来た。

「お客さんどうしました?大丈夫ですか?」

「ああ、すみません。大声出しちゃって」  

「私の小説を読んで
 ここに来たんですって」

「小説を?そうですか。
 それはありがとうございます。
 だけど、小説には地名も店名も
 書いてなかったはず…」

「想像で小説の舞台に出会う旅をしてるんです
 って。それで本当に出会っちゃうなんてね」

「はい!本当にうれしいかぎりです。でも、
 何でお店の名前を出さないんですか?
 名前を出した方がお客さんも増えるだろうし」

「必要な人に届けば良いので。
 ほら、ちゃんと届いてる」

みっこは、ゆうきを見て言った。

「だけど、本当に小説を読んで
 お店に来ようとする人がいるなんてね」

「えっ?」

ゆうきは驚いた表情で店長を見た。

「だって、みんな仕事があったりで、日々
 やるべき事に追われているでしょう?
 そんな暇な人が世の中にいるもんかなぁ、
 なんて内心思ってるところもあったんだよ」

「えー、そうだったんですか?
 私は自分で書いたものだし、
 絶対に届くって信じてましたけどね!」

みっこは顔をぷくっと膨らませて
店長を見た。

「ははっはははは…」

「あー店長、今笑ってごまかしたでしょう!」

「そんな訳ないじゃん、
 うん、そんな訳ないよ」

「いーや、ごまかそうとしてる!」

「みっこちゃん、ほらお客さん待ってるよ。
 オーダー取ってきて」

「あっすみません。
 お待たせしました〜ご注文どうぞ」

「パンケーキ2つお願いします」

「かしこまりました。
 店長ー!パンケーキ2つでーす」

「あいよ!」

みっこと店長のかけ合いは面白い。
ゆうきにはこの場所が
とても居心地良く感じられた。

そもそも想像の旅だったのに
まさか本当に出会ってしまうなんて。

「そうだ、パンケーキ焼くところ
 良かったら見せてもらえませんか?
 小説の中での描写も好きなんですよね」

「ああ、もちろんだよ!
 しかし君も物好きだね〜」

「あっ店長、
 また小説のことバカにしたでしょう」

「えっ?あっいや、そんな事ないって。
 ささっ、パンケーキ焼こうかな」

「もー」

「ところで、何で『窓際のパンケーキ』?」

ゆうきが質問すると、
みっこはおもむろに窓の方を見た。

そこには、一匹の猫が。
窓の外でごろんと横になり
店内をじっと見つめている。

「あのネコがどうかしたの?」

「あの子がパンケーキよ」

「えっ、パンケーキって猫の名前だったの!?
 じゃあ、『窓際のパンケーキ』って…」

「そのままの意味よ。
 窓際にいるパンケーキってこと」

「窓際で食べるパンケーキじゃなくて、
 窓際にいる猫のパンケーキってこと?」

ゆうきは、猫の方を見ながら言った。

「いつもね、この席に座って
 パンケーキを注文するおばあさんがいたの。
 パンケーキはその人が飼っていたネコよ」

「へえ。じゃあ、何でパンケーキは
 おばあさんのところへ行かないの?」

「会いたくても会えないのよ。
 去年、おばあさんは亡くなった。
 パンケーキはきっと、ここに来れば
 おばあさんに会えるかもって
 そう思ってるんじゃないかな」

「じゃあ、パンケーキは
 ずっとここにいるの?」

「おばあさんには家族がいたから、
 パンケーキには帰る場所があるわ。
 ここに来るのは、カフェが開いてる時間だけ。
 カフェの営業が終わると、
 パンケーキはお家に帰っていくの」

「そうなんだね…」

まさか、
猫の名前がパンケーキだったなんて…

「パンケーキは、決してお店の中には入らない。
 いつも窓の外から、おばあさんのことを見守っ
 ていたわ。優しい眼差しでね。もともと、おば
 あさんは夫婦でこのカフェに来てくれてたんだ
 けど、ご主人が亡くなってから、おばあさんが
 お店に来ることはなくなったの」

みっこは続けた。

「そんなある日、おばあさんは家の近くで
 小さな子猫を見つけたんですって。
 母猫は見当たらなかった。
 きっと迷子になってしまったのね。 
 それからおばあさんは、
 その子猫を引き取って育てる事にした」

「その子猫がパンケーキ?
 だけど、小説に猫は出てこない」

「ええ。『窓際のパンケーキ』に出てくる夫婦の
 物語は、そのおばあさんとおじいさんの話な
 の。仲の良いご夫婦だったわ。おじいさんと入
 れ替わるようにやって来た子猫に、おじいさん
 が大好きだった食べ物の名前を付けちゃうくら
 いなんだもん。本当に素敵なご夫婦だった」

ゆうきとみっこが話し込んでいると、そこへ
常連さんらしきお客さんがやって来た。

「あら、みっこちゃん、体調は大丈夫なの?
 お腹もだいぶふっくらして来たわね」

「やよいさん、いらっしゃいませ。
 お気遣いありがとうございます。
 カウンター空いてますよ、どうぞ」

お客さんを席に案内しようとしたその時、
みっこは小さな段差につまづいてしまった。

「危ない!」

大きな声とともに店長が慌ててやって来て、
倒れ込むみっこの体を
ぎりぎりのところで受け止めた。

「ふー、危なかったー」

店長は、ゆっくりと体を起こしながら
みっこのお腹を優しく撫でた。

「愛の力ね」

さっきの常連さんが、
微笑ましそうに二人を見て言った。

どうやら、みっこのお腹には
新しい命が宿っているらしい。

愛が命をつないでいることを
肌で感じたゆうき。

ここで受け取った愛のおすそ分けを
今度は自分が渡していきたい。
そう、思ったのだった。
 


おしまい𓍯




最後まで読んで頂き
ありがとうございますᵕᴥᵕ


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