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ショートショート『おでんと若者』

すっかり日も暮れて、
通りを行き交う人たちが少なくなった頃。

街灯の灯りが点々と、夜道を照らしている。

そこへ漂ってきたお出汁の良い香り。
おでん屋さんだ。

すると、店内から、
話し声が聞こえてきた。

店内には、店主と若者が一人。

「この店を、たたもうと思う…」

店主が若者にこう切り出した。

「えっ…急にどうしたんですか⁉︎
 こんなに美味しいおでん
 食べられなくなるなんて、残念すぎます!」

突然の訃報を受け取ったかの如く、
若者の表情は、
驚きと喪失感に溢れていた。

「そう言ってもらえて嬉しいよ。
 この味を途絶えさせてしまうのは
 心もとないんだが…」

どうしようもないんだ…

店主からはそんな感情が読み取れた。

「だったら、俺にやらせてください!
 大将の味を引き継がせてください!」

「えっ、本当か?」

「はい!あっ、でも…」

「でも、どうした?」

「いや、自分に出来るかなって…」

若者は考えるよりも先に
口走ったのだろう。
少しだけ、後悔しているようだ。

それもそのはず、
彼は料理の経験がほとんどない。

そんな彼が何故、
おでん屋を継ごうなんて思ったのだろうか。

「そんなこと気にするな!
 出来るか出来ないかなんて
 やる気さえあれば何とかなる。
 やってみたいって少しでも思ったのなら
 この店を、君にたくしたい」

「はい…俺、やってみたいです!」 

若者は、幼い頃から両親に連れられ、
このおでん屋に通っていた。
ここは若者にとって、
家族との思い出が詰まった場所なのだ。

そして何より、
ここのおでんが世界一美味いと思っている。

だから、店主に言われたように
上手く出来るかなんて
そんなの分からないけれど
やってみたいと思う自分の気持ちを
信じてみようと思ったのだ。

「そうか、うれしいよ!
 最初は上手く出来るかなんて
 考えなくていいから。
 おでんは、煮込めば煮込むほどに味がなじむ。
 人の成長も同じだ。丁寧に丹精込めて
 続けていく事で、ちゃんとなじんでいくから」

「はい。俺、頑張ります!」

こうして、未経験ながらも、
大将の指導のもと、青年は、
おでんと向き合い続けた。

そしていつしか、そのおでん屋は
ファンが絶えないお店となったそうだ。

きっと
彼の熱意がお客さんの心に伝わったのだろう‥


【終】


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