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京都の鰻|京都・洛北

大きく染め抜かれた鰻の文字。
20代の小娘には敷居が高い店ではあったが、思い切って暖簾をくぐった。

「おこしやす」
高い天井に民芸調の照明、どっしりとした階段に見覚えがあった。
「やっぱり、ここだわ」
私のつぶやきに女将が問う。
「以前おこしやしたことが?」
「子供の頃に、祖父に連れられて。あの、予約してないんですけど……」
「ちょっとお待ち下さいね。今、お席ご用意しますさかいに」

座敷で頂くうな重は立派で、それはそれは美味しかった。お値段も立派だったけど。

翌日、入院中の祖父を見舞った。
「昔、おじいちゃんに連れて行ってもらった鰻屋さんに行ってきたよ」
祖父は、ノートと鉛筆を取り出した。
〈今度、美味しい京料理に連れて行きます〉
話すこともできなくなり、食事も口から取れないのに。
もう喉鼓を鳴らすことも叶わないのに。
祖父らしいなあ、と可笑しくて、寂しくて、涙が出た。

「喉鼓」(のどつづみ)・・・食欲が盛んに起こること。喉が鳴ること。

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