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短編小説「蝶を封じる」について

掲載中の短編小説「蝶を封じる」が、ノベルアッププラスの『百合短編小説コンテスト2022』で優秀賞をいただきました!


こちらの作品です。

不安定で破壊的な少女期を描いた作品です。グランプリは逃してしまって残念ですが、この機会に読んでいただけましたら嬉しく思います。

折角なので、この作品に関わったもの、こと、ひとなどについてもここで書かせていただくことにしました。興味のある方は覗いてみてくださいね。


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ベースとなった体験

「蝶を封じる」は私の高校生時代の感覚や体験が基になっています。

てのひらに感じる睫毛の、虫みたいな感触、自転車や電車で通学したこと、同級生の友人の、透明で女の子らしい華奢さが眩しかったこと。
ギャル率高めのその高校で、彼女は図書室や美術室に足繁く通う知的な人でした。
私は誰もいない図書室や美術室で、彼女と毎日のように本を読んだり絵を描いたりしました。私にとって彼女がはじめて出来た友達でした。その親密さに舞い上がったり不安になったりの日々を過ごしたものです。

「昼間に空が青くなって視覚的に宇宙と地球が遮断されることに、意味はあると思う?」
「人は死んだらその人でなくなると思う?」
そんなことを気兼ねなく話せるのは彼女とだけでした。

静かに自分を貫くさまが格好良くて、デビュー時の平手友梨奈さんみたいな雰囲気を纏っている人でした。私は彼女のことを、世界で一番美しい女の子だと思っていました。この環境で、彼女と最も親しい存在として高校生のまま一生を過ごせたら。あまりに心地良くて、私はそんなふうに思っていたのです。


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取材

はじめ「蝶を封じる」は中編にする予定でした。その心づもりで本腰を入れて取り組んでいました。
取材というほどの取材はしなかったのですが、学校っぽい場所を訪れてみたりしました。休日に行ったことのない街の行ったことのない図書館ヘ行ったり、今は記念館になっている昔の小学校へ行ってみたり。母校やその通学路も、改めて通ったりしました。
蝶の種類にはあまりこだわりませんでした。掌に収まるサイズの、よく見かけるルリシジミです。
知らない街へ行くこと、その際に電車を用いることはとても効果的です。乗り物の振動や景色の変化による非日常は創作スイッチをオンにする効果があるらしく、豊かにアイデアが湧いてきます。でも、この小説は短編にした方がいいかなと思い直して、沢山書いた割に結局その多くは削ってしまいました。

作中に主人公の女の子二人が互いの耳にピアス穴を雑に開け合うシーンがあります。物語の核となる大事な部分です。
しかし、当時ピアスを開けていなかったので、ピアスについてのあれこれが分かりませんでした。ここで不正確な描写をしたら興醒めだなと思って調べてみたのですが、いまいちピンと来ず……。せっかくだし実際に自分の耳にピアスを開けてみよう!と思ったのですが、その期間中にはやらず仕舞いでした。案の定、改稿前のピアスの描写は正確でないものを書いてしまいました。数ヶ月後にピアスを開けて、やっと仕組みが理解出来て書き直しました。



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影響を受けたもの

触れた音楽や映像からも影響を受けました。

川谷絵音さんのバンド、indigo la Endの「蒼糸」という曲のミュージックビデオです。美しいショートムービーのようで、何度見ても心の内側がキュッとつねられるような感覚になります。
女の子二人があちこち歩いたり走ったりする様子がまるで蝶の舞う姿のようで、以前聞いたことのある蝶の完全変態の過程の話を自然と思い出しました。
ラストのシーンはショッキングで印象的です。


シンガーソングライター崎山蒼志さんが13歳のときに作った「visit」という曲です。こちらも同じく、聴くと胸がキュッとなります。というかそれ以前にこれを13歳の少年が作ったのか、という信じ難い驚きがあります。

「蝶を封じる」の主人公、霜田灯しもだあかりがクラスメートの渡辺古都わたなべことの描いた絵に衝撃を受けるシーンがありますが、灯が古都に抱いた戦慄はそのまま私が崎山蒼志さんに対して感じたものを表現しています。


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前書き/引用

“〇〇へ捧ぐ”
“愛しの友、〇〇へ”
“〇〇に祝福が在らんことを”

紙の本を開くと、小説本文が始まる前にこういった謎めいた一文が添えられていることがあります。献辞けんじというそうです。
大多数の人にとっては意味不明な、個人的な誰か/何かに宛てたような作者のひとこと。
私はあの秘められた感じが昔から好きで、小説に献辞や前書きを添えることが多いです。

「蝶を封じる」の前書きは引用文となっています。

「あなたは突き錐を取り,それをその者の耳に刺して戸口のところに通さねばならない。こうしてその者は定めのない時まであなたの奴隷となるのである。」

旧約聖書/申命記十五章十七節

突きぎり耳に刺す奴隷がキーワードです。
“奴隷”という言葉を辞書で引くとこうあります。

どれい【奴隷】
人間としての権利・自由が認められず、道具同様に持主の私有物として労働に使役される人間。「―解放」。転じて、あるものに心を奪われ、それにしばりつけられている人。

なんだかネガティブなイメージばかりですが、引用文(聖書)で扱われている奴隷制度というのは特殊なものでした。
聖書の舞台は主に古代イスラエルです。
当時のイスラエルで奴隷というのは現在の厳しい従属状態ではなく、もう少しゆるい、ある程度自由がきく立場だったようです。家の主人が良心的な人物だった場合は特に、ほぼ家族の一員のような扱いだったといいます。
古代イスラエル国民は生活が困窮しているなどの理由から、よその家の奴隷になることがありました。奴隷としての契機が過ぎると、その奴隷は晴れて自由になれるという制度でした。
とはいえ先ほど述べた事情により、奴隷がその家族に親しみと愛情を持つこともありました。その場合に、あえて自らの自由を放棄して一生をその家で奴隷として仕えるという選択をする人もいたようです。
その選択をした場合、行わなければならない儀式がありました。
引用だけでは分かりづらいと思いますが、奴隷はその家の戸口の柱にぴったりくっついて立ちます。おそらく耳のすぐ後ろに柱があるという状態だったと思われます。奴隷契約の印として、柱を土台に家の主人はキリを奴隷の耳に突き立てました。つまりピアス穴を開けるわけです(痛そ〜!)。それはその人が「定めのない時まで」奴隷となる印でした。

“私の一生を、あなたに捧げます”
“一生そばにいてあなたにお仕えします”

説明はしませんでしたが、「蝶を封じる」にはそういう意味合いを含ませたいと思いました。

今説明してしまいましたけれど……。

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「蝶を封じる」にまつわるあれこれ、気の向くままに書き連ねました。
小説を書いていて嬉しいことは、特別な装置なく読む人の頭に映像を生じさせ、浸ってもらうことができる点です。世界を共有してもらっている感覚です。


というわけで書くのに疲れてきたので唐突に終わります。ありがとうございました😊






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