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厳しい現実を受け入れ、紙屋に何ができるか考えた 紙100%の『ホントの紙ねんどつくるキット』株式会社相馬 久保田 明男さん

2022年7月に開催された「第18回ライフスタイルWeek夏」で興味深いブースを見つけました。そのブースに掲げてあったのは『ホントの紙ねんど』という文字です。子供の頃に紙粘土を使って遊んでいた記憶が蘇りました。

一般的な紙粘土、実は紙が入っていない!?

ブースに立ち寄り話を聞くと、実は一般的に市販されている紙粘土の主な原料は炭酸カルシウムで、ほとんど『紙』が入っていないんだとか!『ホントの紙ねんどつくるキット』は『紙(パルプ)』100%で作った紙ねんど、だから『ホント』なのだそうです。

『ホントの紙ねんどつくるキット』

これは「紙粘土そのもの」から作ることができるキットです。

手がけているのは東京都江東区森下にある株式会社相馬です。紙の専門商社として洋紙や再生紙、化学合成紙などさまざまな種類の紙を仕入れ、要望に合わせて断裁しています。つい、「裁断(さいだん)」という言葉を使いそうになりますが、紙を直線的に切る時は「断裁(だんさい)」という言葉を使うことが多いようです。

後日、本社に伺い代表取締役の久保田 明男(くぼた あきお)さんにお話を伺いました。

30歳でアパレル系営業から、紙屋の道へ

ーー久保田さんはおいくつの時入社されたのですか?

30歳の時に入社しました。今は代表取締役ですが、家業というわけではないんです。それ以前は、婦人用の衣服などを販売するアパレル系の会社で営業をしていました。

ーーどういった経緯で入社されたのですか?

アパレル系の会社が廃業に追い込まれ、次の仕事を探している時に声を掛けていただいたのがきっかけです。

ーー相馬でも営業の仕事をやられていたのですか?

そうです。アパレル時代はデパートの婦人服売り場の担当者さんがお客様でしたが、紙屋ではお客様の多くが印刷所など町工場の方々でした。人も雰囲気も全く違う世界で、当然紙に関する知識はほとんどありませんでした。お客様や仕入れ先の方から教えてもらいながら勉強していきました。時には思いっきり失敗したこともありましたね。

ーーどんな失敗があったのですか?

お花屋さんから、水に濡れても平気な花瓶のようなお花のケースを作りたいと相談をいただきました。素材選びを任されたのですが、最初は思いっきり失敗しました。でもなんとか最後までやり遂げたんです。入社して2、3年目の頃だったので経験も知識も浅く、いろんなところに問い合わせして試してを繰り返したので、完成させた時はものすごく達成感を感じました。

ーー久保田さん、趣味などはありますか?

DIYかなぁ。自宅のウッドデッキなど結構大掛かりなものを作るのが好きです。最近ハマっているのは料理ですね。

ーーどんな料理を作られているのですか?

和食でも洋食でもなんでも作りますよ!キッチンを占領しちゃうので妻には怒られることもあります。笑 

会社からの指名で社長に

ーー社長になられた経緯をお聞かせください。

最初のきっかけは会社からの指名でした。ずっと同族経営でやってきた会社だったので、外からきた自分が社長になるのは荷が重くて、実は2、3年ほど断っていたんです。でも当時の社長に迫られたこともあり、決断して代表取締役社長となったのが9年前です。(取材時:2022年8月)

ーー9年経った現在の心境はいかがですか?

最初はおどおどしていましたが、やっぱりドンと構えてないといけないなと思うようになり、冷静に考えられるようになりました。

ーー株式会社相馬の主な事業内容を教えてください。

基本は紙を仕入れ、お客様の要望に沿って断裁し、納めるのが仕事です。断裁した紙は次に印刷の工程があることが多いので、納品先は印刷所が多いです。1枚から承っているので個人のお客様もいらっしゃいますし、昔からお付き合いのある企業様もいらっしゃいます。

ーー会社の雰囲気はどうですか?

個性豊かで熱いメンバーが多いです。仕事で気になっていることや、考えていることはすぐに話してくれる人が多いと思います。全体会議などをわざわざ設けなくても、日常的に改善案やこうしたいという希望はよく話しています。

紙の需要は低迷

倉庫の様子 多くの紙が在庫として保管されています

ーー何種類くらいの紙を取り扱っていますか?

工場内に在庫として保管してあるのは注文頻度の多い紙ですが、基本的にはどんな紙でも断裁します。最近はちょっと特殊な紙についてのお問い合わせも多いです。しかし、ペーパーレスが進み、そもそも紙の需要がじりじりと減っていますね。

ーー久保田さんが感じる紙業界の課題を教えてください。

特に感じているのは、若手不足、跡取り不足、意識改革の必要性です。

●若手不足・跡取り不足

ーー若手不足はどんな時に実感されたのですか?

とにかく募集してもなかなか人が集まりません。若手を採用できないので、組織の若返りに取り組みたくても取り組めないですね。数年前までは若手の採用もなんとかできていましたが、5年くらいで辞めてしまう方がほとんどです。

ーー同業者の方々含め、若手不足に悩まれている方は多いのでしょうか。

弊社だけではなく、どこでも抱えている課題だと思います。仕方のない部分はあるんですが、紙卸業界は年長者が幅を利かせていて入りづらいということはあるのかもしれないなと思っています。

ーー紙を断裁する技術を習得するにはどのくらいの時間がかかるのでしょうか?

紙を断裁機で断裁する人を『断裁師』と呼びます。断裁師を見ていると、気軽にスイスイ切っているように見えるんですが、紙の厚み、柔らかさによって圧や切り方を変えています。切る枚数も一度に大量に断裁できる紙もあれば、少量ずつ切った方が良い紙もあります。技術と知識の面で断裁師として一人前になるには数十年はかかります。習得までに時間がかかるので、採用だけではなく育てることも難しいです。

断裁機の刃です。工場には替え刃が常に保管されており、定期的に変えることで切れ味を保っているそうです。

ーー跡取りが見つからず、事業をやめざるを得ない会社さんも多いのでしょうか。

はい。お取引先やお客様で、跡取りがおらず廃業するケースが結構あります。東京都の紙製品関係の卸商組合でも、以前は160社くらい在籍していましたが、今ではその半分くらいになってしまいました。

●意識改革の必要性

ーー意識改革が必要だということについて詳しく教えていただけますか?

かつて、紙だけ売っていればやっていける時期は確かにありました。でも今はそうではありません。紙だけを売ってなんとか頑張ろうとすると、どうしても価格競争になってしまい、どんどん苦しくなります。紙だけじゃ難しいという現実を受け入れて、じゃあ何ができるかと新しいことを考える、その意識の改革が必要だと感じます。

ーー前向きに新しいことになかなか取り組めない雰囲気があるのでしょうか。

業界全体がどうしても暗いんです。悪いところばかり見てしまうから落ち込んでしまう。でも動かないと何も変わらないんですよね。苦しい業界ですが、もがきながらも行動し、新しいことをしなければいけないと考えています。同業者同士の繋がりの中でもそういう話をすることがあります。

ーー新しいこととはどんなことをお考えですか?

企画段階ですが、何社かまとまって展示会やイベントをしたり、一緒にものづくりしたりできるんじゃないかと考えています。すぐに結果が出る話ではないので、長い目で物事をみてやっていくつもりです。

紙の卸売だけではない相馬

ーー紙の卸売以外に取り組まれてきたことを教えてください。

私が代表取締役になる以前から印刷事業を始めました。その後、紙にまつわる製品の販売や、SNSを活用するなど別のアプローチにも取り組み始めました。

ーー断裁して印刷までしてしまうということですか?

印刷そのものは協力会社の印刷所さんにお願いするのですが、断裁後の印刷まで請け負っています。最初は印刷所の方々から『紙屋がなに印刷の真似事してんだ』と散々言われました。でも『印刷の仕事持ってくるから、協力会社として手伝ってほしい。お互い良くなりましょうよ』ということを伝えていたら、少しずつわかってもらえるようになりました。

ーー『ホントの紙ねんどつくるキット』開発のきっかけを教えてください。

先代の「オリジナル商品くらいは持たねえとな」という言葉がきっかけでオリジナル商品開発プロジェクトが立ち上がりました。『ホントの紙ねんどつくるキット』ができたのは2020年ですが、オリジナル商品の開発に関してはそれ以前から考えていました。

ーー「紙粘土」を作ろうと思った理由はありますか?

まず商品作りの基礎やマーケティングから勉強して、私たちが作るからには紙にまつわるものを作りたいと決めました。それからみんなで何百、何千というアイデアを出していくうちに紙粘土が出てきたんです。それで紙粘土について調べていたら、どうやら市場に出回っている紙粘土に紙はほとんど入っていないことがわかり、紙屋として紙100%の紙ねんどを作ってみてはどうかという話になりました。

『ホントの紙ねんど』で作られた作品 

ーー商品作りの基礎やマーケティングはどのようにして勉強されたのですか?

お付き合いのある地元の東京東信用金庫さんが主催しているマーケティング勉強会に参加し、専門家にコンサルティングを依頼して勉強しました。外部の力を借りつつ、商品開発のメンバーを交えてディスカッションをしながら進めていきました。

ーーそこからどのようにして開発を進めましたか?

すぐにテスト(試作)を始めました。素材にはこだわっていて、紙ねんどに適している紙を見つけるためにテストを繰り返しました。子供が使っても安全なように、紙を柔らかくする重曹とクエン酸も食品用のものを採用しています。

ーーこだわりを教えてください。

やはり紙にはこだわりました。紙ねんどに適している紙そのものの質もそうですが、紙の細さにもこだわっているんです。

ーー紙の細さですか。

紙をちぎってやわらかくしていくのですが、細すぎても太すぎてもうまくいきません。適した細さに辿り着くまでに何度も試行錯誤しました。この細さに関しては現在特許出願中です。

ーー開発で苦労したことを教えてください。

それぞれの材料の配合量や分量が定まるまでは大変でした。全てゼロからのスタートだったので試作を繰り返して辿り着きました。あとはできるだけゴミが出ないようにすることですね。のり以外の材料が入っている袋も水に溶ける素材を採用したり、キットが入っているボックスは作品を飾る台として活用できたりと、ゴミができるだけでないような商品にするのは苦労しました。

ーー商品開発に参加された社員の方々の様子はいかがですか?

はじめは何の意見も出なかったんですが、勉強しながらやっていくうちにアイデアが出るようになりました。アイデアが出たらじゃあやってみようかと声をかけて、まずはトライしてもらうことを繰り返していくうちに、アイデアを形にすることが楽しくなってきたようでした。もっと良くしたいという思いも生まれ、社員のモチベーションがアップしたと感じます。オリジナル商品開発は社員教育にもかなり役立てられました。

ーー開発や販売などはオリジナル商品開発メンバーが中心となって進めているのでしょうか?

今はそうですね。立ち上げた当初は私が中心ですが、今はある程度任せています。こんなの作りたいんですが、社長どうですか?と言われたら相談に乗ってはいますが、あれこれ細かいことはあまり言わないです。

『ホントの紙ねんどつくるキット』はSNSでの口コミで広がっていった

ーー販売に関しては特にSNSに力を入れたそうですね。

SNSやインターネット上での発信が重要だと知り取り組みました。『ホントの紙ねんどつくるキット』はSNS上で口コミが広がり、多くのお客様に手に取っていただくことができました。ただ、私の中ではSNSでの支持が直接購買に繋がるかといったら、そこはまだ疑問もあるんです。

ーー詳しく教えてください。

SNSのフォロワー数が1万人いても、全ての人が商品を買ってくれるわけではありません。フォロワー数が多いことを否定するのではなく、本当に手に取ってもらえるためのPRを考え続ける必要はあると思っています。

ーー今後新しい商品の開発予定はありますか?

2022年秋頃には新商品を出す予定です!現在開発中ですので、楽しみにしていたただければと思います。

ーー最後に、今後の目標を教えてください。

正直、光が見えないと感じることもある業界です。それを言ってしまうと暗くなってしまうのですが、やっぱり光を見つけたいなと思います。だからとにかく今はチャレンジすること!失敗してもいいから何かやろうといつも声かけしています。すぐ踏み出せる人もいれば、時間がかかる人もいますが、いつでもチャレンジできる環境や雰囲気の会社でありたいと思います。

久保田さんのインタビューは以上です。ここからは紙粘土作りレポートです。

『ホントの紙ねんどつくるキット』体験レポート

ものづくり編集部のメンバーが『ホントの紙ねんど』を使った紙ねんど作りに挑戦しました。はじめに、「紙ねんどのもと」と書かれている細く切られた紙の束を水に入れて溶かします。パッケージがほろほろと溶け、すぐに水を吸収しはじめました。

次に、「クエン酸」と「重曹」を加えます。これらもパッケージごと溶け、紙ねんどの一部となります。

手で混ぜていくとブクブクと発泡してきました。シュワシュワと音を立てて発泡する様子が面白いです。パッケージの青と黄色が混じっていて綺麗です。

次は紙をちぎって細かくしていく工程です。水、重曹、クエン酸を含んだ紙を手でちぎります。紙がちぎれる感覚は、固茹でにした素麺のような感覚でなんだか癖になります。

ある程度ちぎった後は、手で水気を絞った後、タオルなどで水気を取っていきます。ここは大人の力が必要かもしれません。

ものづくり新聞小学生メンバーの井上夏希さん、ものづくり新聞特派員の村山佑月さん

水気が取れた紙を更に細かくちぎります。

ここでどのくらい細かくするによって、最終的な紙ねんどの出来上がりが変わるようです。無心で紙をちぎるのが無性に楽しく感じる瞬間でした。

次に、「でんぷんのり」を入れて紙をまとめていきます。こねていくと紙ねんどらしい姿になってきました。

このように一つにまとまりました。よく見ると細い紙が集まっているのがわかります。触ってみるとザラザラしています。これで紙ねんどができあがりました。これを使って作品を作ります。

ベタベタする感じはなく、不思議な感触でした。乾いてしまったら少し水を足しながら形作っていきます。

繋ぎ目をなめらかにする作業が難しかったです。表面を丁寧に撫でながら整えていきます。

編集部が作ったのは「も」「の」という文字!

約10日間乾燥させると、全体的に縮んでいました。心配だった割れも見られずホッとしました。次に、色塗りを行い完成です。

一般的な紙粘土よりも、「紙に色を塗っている」感じがしました。今思うと、紙粘土に色を塗る時はこんなに「紙」を感じなかったかもしれません。表面がざらざらしていて、色を塗るのは少しコツが必要です。手づくりの温かみが感じられる出来上がりとなりました。

紙粘土を触ったのは久しぶりでしたが、これまで触ってきた紙粘土とは違う感触でした。紙ねんどで作品を作るだけではなく、その紙ねんどそのものを作ってみようという取り組みはなかなかないと思います。

=『ホントの紙ねんどつくるキット』を体験して=
ものづくり新聞小学生メンバー 井上 夏希

夏希さんから「クエン酸と重曹をどうして混ぜるんですか?」という疑問を投げかけられました。『ホントの紙ねんど』公式ホームページを見てみると、クエン酸と重曹によって化学反応が起き、紙が溶けるということが分かり、理解が深まったようです。

手を動かして楽しむだけではなく、疑問や発見もある体験となりました。みなさんもぜひ体験してみてください!