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【短編小説】二つの恋

#フィクション #ショートストーリー #恋愛小説

毎月1日は小説の日という事で
3月も投稿です。2700字程度の小説です。
お時間あるときに
お読みいただければ幸いです。

二つの恋

あの日の写真

「そんなに笑うなよ」
修平は青い海と入道雲をバックに微笑む
渚沙の写真に向かってつぶやいていた。
渚沙はあの日のまま、
アサガオブルーのシャツに
白いデニムを履いて微笑んでいた。
笑顔がキュートで、
その瞳には青い空が映りこんでいた。
ポニーテールの髪が、
少しだけ風になびいていた。


吹奏楽サークル

修平が渚沙と出会ったのは、
大学の吹奏楽サークルだった。
オーボエ担当の修平と
トランペット担当の渚沙は
同じ1年生のとして
サークルに参加していた。

学部は違うが同じ1年生という事もあり、
渚沙とは音楽の事や将来の事について
話す仲になっていた。
 
練習場所もろくに確保できない、
同好会に近い活動のため
将来音楽で飯が食えるなんて
誰も思っていなかった。

音楽室が合掌倶楽部などで使えない時は
みんなで近くの防波堤へ行き、
練習する事も多かった。

ただ楽器が演奏できればそれでいい。
そんな楽しいサークルだった。

夏の日の入道雲

いつものように防波堤で練習していると、
青い空の向こうに入道雲ができはじめていた。
「ひと雨来るぞ、そろそろ引き上げよう」
リーダーでバンマスの直人が言った。
「誰かデジカメもってない?
あの入道雲記念に撮ろうよ」
渚沙が言った。
「あ、俺持ってるけど」
そう言って修平が渚沙にカメラを差し出した。
「みんなで撮ろうよ、入道雲をバックに」
楽器ケースを積み上げて、
その上にデジカメを置いた。
セルフタイマーをセットして
「行くぞー」
修平がそう叫ぶと
みんな思い思いのポーズを取り始めた。

一通り写真を撮り終わり、デジカメの画面を
みんなでのぞき込んでいた。
入道雲は、雨雲に代わり、
ゴロゴロと雷の音が聞こえてきていた。
「そろそろ、やばいぞ」
直人が言った。

雨がポツリ、ポツリと落ちて来た時
渚沙が突然修平の背中に抱きついた。
周りのみんなが渚沙と修平をからかった。
「告白か?」
仲間の誰かが叫んだ。
修平は少し困った顔をしながら
無言でいる渚沙に言った。
「どうした」
「ねぇ修平、
私あの青い海のように広く深くれるかな」
修平は何を言われているのかわからなかった。
「私ね、もう苦しいよ・・・」
少し涙声になった渚沙がそう言った。
修平が渚沙と向き合おうと、
体を反転した時だった。
渚沙は修平の体から離れ走り出した。

渚沙は防波堤の端で立ち止まり、
次の瞬間海に飛び込んだ。
一瞬青いアサガオの花が
空中で散っていくかのような
光景に見えた。

みんな何が起きたのかわからず、
防波堤の端まで走った。
修平も走った。
海面までは4m以上ある海をのぞき込んだ。
みんな何度も何度も渚沙の名前を呼んでいた。
修平も渚沙の名前を叫んでいた。

写真

「またおねーちゃんの写真に話かけてる」
修平が振り向くと、
そこには渚沙と同じ容姿の美咲が立っていた。
「いいだろ別に」
修平は少し怒った口調で美咲に言った。
「もう10年か」
美咲が言った。  
修平が小さくうなずいた。
「おねーちゃん、楽しそうに笑ってる」
修平は渚沙が微笑む写真を
じっと見つめていた。

渚沙はこの写真を撮ってすぐに
天国へと旅立った。
修平はどこかやりきれない気持ちのまま
10年を過ごしていた。
渚沙への負い目というのとは違う
どこか後ろめたさみたいな気持ちを
抱いていた。
だから、
よけいに渚沙の笑顔が修平に刺さっていた。
「そんなに笑うなよ」
修平はつい、口に出してしまうのだった。

窓の外には、
あの日と同じような白い入道雲が
できはじめていた。 
「あれ、おまえ今日パーソナリティー
じゃなかったのかよ」
修平はそう言うと、FMラジオを指さした。
FMから少し舌足らずの美咲の声が
聞こえていた。
「あーこれね、これは録音、生じゃないのよ」
「そうなんだ」
修平がうなずいた。
「修ちゃん、私ね・・」
何かを言いかけながら、
美咲が修平を背中から抱きしめた。

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二人の恋

美咲は修平に抱きついたまま、話始めた。
「私ね、おねーちゃんに修ちゃんと
付き合っている事言えなかった。
特に防波堤事件が起きる前は
苦しんでいるおねーちゃんを見ると
辛くて何も言えなかった」
涙声で言った。
美咲は修平の背中に顔を埋めて
泣いているようだった。
修平はTシャツの背中が濡れていくのを
感じていた。

渚沙は脳内血管芽種という
病気にかかっていた。
修平がそれを知ったのは、
渚沙のお通夜の席だった。

本来なら陽性反応が出ることは
まれな病気のはずだが、
渚沙のは違っていた。
手術が難しい位置で、
それでも彼女達の両親は手を尽くして
手術のできる病院を探している矢先、
渚沙が防波堤から海に飛び込む事件が起きた。
これは直接の原因にはならなかったが、
その1週間後渚沙は急逝した。

修平は渚沙の家に遊びに行って、
美咲と出会った。
渚沙と同じ顔をした美咲に最初は戸惑ったが、
修平が選んだのは美咲だった。
二人は渚沙に隠れて会うようになっていた。

同時に渚沙の気持ちも感じていた。
渚沙が修平に恋心を抱いていると
修平も感じていた。
けれど、渚沙の気持ちに応えられない、
そんな自分も感じていた。

修平も一人
美咲と渚沙の狭間で悩んでいたのだ。
あの夏の入道雲の写真を飾っているのは、
渚沙を救ってやれなかった自分への、
戒めのようなものだった。

未来はまだない。

修平は美咲に向き直り、
しっかりとその体を抱きしめた。
「俺も言えなかった、
渚沙の気持ちがこっちを向いてるのを
感じていたけど、
妹の美咲と付き合っているなんて
言えなかった。
渚沙は最後に、この青い海のように広く深く
なれるかなって俺に言ったんだ、
10年経ってもあの言葉が忘れられない」
修平はもう一度きつく美咲を抱きしめた。
「渚沙は俺たちの事知っていたのかもしれない
そして自分がもしかしたら助からない事も知っていてあんな事を言ったのかもしれない」
修平はそう言って
さらに強く美咲を抱きしめていた。

「修ちゃん、雨・・」
窓の外の真っ白な入道雲は雨雲となり、
雨を降らしはじめていた。
「洗濯物入れるの、手伝って」
美咲は修平の腕をすり抜けて、
もうベランダに立って居た。

修平はもう一度渚沙の写真に目をやった。
「ちゃんと美咲を幸せにするのよ」
そう言って笑っているようにも思えた。
<二人分幸せにするから>
修平は心の中でつぶやいた。

FMラジオから美咲の声が流れていた。
「人生には過去も未来もあります。
でも過去も未来も今この瞬間の積み重ねです。
今、目の前の時間を
どうか大切ししてください。
未来はまだ無いのですから」
FMラジオの中の美咲が、
落ち着いた声で言った。
そして修平の知らないナンバーが流れてきた。

雨音に交って、
リムショットの軽快なリズムと
オーボエのメロディーが
二人の部屋の中に響いていた。

美咲が修平を見つめて微笑んでいた。

おわり

今回も小説をお読みいただき、
ありがとうございます。
皆様に感謝いたします。


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