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【短編小説】ココロのコンパス

#新年 #生る道しるべ #ショートストーリー

新年あけましておめでとうございます。
新年最初は短編小説を書くと決めていました。
今年一年皆様が幸福でありますように

【短編小説】ココロのコンパス

混迷

歩美は夢をみていた。
2日に1度は同じ場所に立っている夢だ。
川沿いの1本道を一人歩いている夢。
何かを探して下ばかり見ているが、
夢の中では何を探しているのかはっきりしなかった。
夢に出てくる場所は、行った事も見た事もない街だった。
けれど、山の稜線や景色、街並みの色や匂いまでも
鮮明に彼女の夢の中では展開されていた。

<おまえはいつも臆病だから>
今日も父の声で目が覚めた。
時計は朝の5時
歩美はフーーと息をはいた。

父は7年前に他界した。
歩美が16歳の時だった。

想い出

歩美は16歳から母と二人で生活していた。
父が他界してから、
彼女の母はスーパーのパートに働きに行って彼女を育てた。
歩美の父はロボット工学のエンジニアで、
その業界では名前が知れ渡り、
父が他界しても、それなりの財産は残っていた。
母は働かなくても歩美を学校に行かせる事はできたが、
家にいると父の事を想いだすと言って働きに出た。

歩美は何か特別やりたい事があったわけではないが
父の影響で小学生の頃からプログラムを組むのが好きだった。
昔は流行ったゲームのコピーを造った時は、父に褒められた。
彼女は父に褒めてもらえる事が嬉しくて、必死にプログラムの勉強をした。
一日中パソコンの前に居る事もあった。
そんな彼女に父はプログラムの専門学校への進学を進めていた。

その矢先、父は急逝した。
心筋梗塞だった。会社の人は心労がたたったのだと噂していた。

歩美は進学を迷っていた。
そんな彼女に
「私は大丈夫だから、あなたの人生を歩んで・・
 おとうさんも望んでいたことだから」
そう言って母は進学への背中を押してくれた。

父の使い

歩美は専門学校に入りプログラムを学んだ。
専門学校を卒業した後も、
パソコンのアプリケーションを開発する会社で、
プログラムを担当していた。
会社のオフィスはフリーアドレスで週に1回出社すればよく、
あとは在宅で、日々の進捗は全て彼女のパソコンからアクセスできる
会社のホストコンピューターで管理されていた。

歩美は今日もパソコンに向かってプログラムを組んでいた。

「あれ?」
彼女はベランダの物音に気が付いた。
今日は曇り、洗濯物も干してない。
ここは地上7階なので、不法侵入者の心配もほぼ無い。
ベランダで物音がする可能性はゼロだった。

彼女はそう心の中で不振に思いながら、
ベランダの方へ歩いていった。

レースのカーテンを開けて一瞬ドキっとした。
「カラス?」
思わず叫んでいた。
ベランダの手すりに1羽のハトが止っていた。
そのハトはカラスのように真っ黒だった。

黒いハトは歩美のほうを見て一瞬まばたきした。
すると、
彼女の耳元で声が聞こえた。
「私は使いのものです、これからあなたを過去へお連れします」
歩美は誰がしゃべっているのかわからず、
きょろきょろしていた。

黒いハトはそんな彼女にさらに続けた。
「私が3つ数えます、あなたは過去へ飛ばされます。でも大丈夫です。
 すぐに帰ってきますから」
<3・2・1>
耳元で聞こえたと思った瞬間、
歩美は記憶がさかのぼっていくのを感じていた。

タイムスリップ

歩美はトンネルの前にいた。
彼女の実家のそばにあるJRのトンネルだった。
小学生達の集団が近づいてきた。
5人いる小学生をよく見ると、それは歩美が小学5年生の光景だった。

「このトンネルを抜けて帰りましょうよ」
友達の誰かが言った。
「ここ抜けると近道になるのよね」
もう一人が言った。
小学生の歩美は
「私怖いからいかない」
そうはっきり言った。
友達たちは彼女に罵声を浴びせながら
次々にトンネルに入っていく。
「臆病者・・・」
そんな声が聞こえてきた。
歩美は泣きそうになりながら、一人遠回りをする
正しい通学路を帰っていった。

次の日、
歩美と、両親が校長室に居た。
両親が学校に呼び出されていた。
JRのトンネルを通るという危険行為に対する注意だった。
歩美は、
「私は、怖かったから通っていません」
そう校長先生と担任の先生に、両親が居る前ではっきりいった。
仕事が忙しいはずの父も珍しく学校に来ていた。
昨日の事は母には話してあったが、
父がどのくらい自分を信用しているか半信半疑だった。
「この子は臆病なので」
父は歩美のほうを向いてつぶやいた。
「でも臆病でよかったです」
父がそういうと、校長先生も、担任の先生も、
「他のお子さんの事実確認をしたかっただけです、
 歩美さんが臆病でよかったです」
そうつづけて、微笑んでいた。

心の迷い

歩美は気が付くと自分の部屋にいた。
ずいぶん昔の出来事で、もう忘れかけていたトンネル事件。
彼女はあの時の感覚を認識していた。

黒いハトはもう居なくなっていた。
歩美はベランダの前で立っていた。
時間にしてほんの数分の出来事のように感じた。

最近見る夢と何か関係があるのか?
歩美は考えていた。

新しいプロジェクトで大きなチャレンジをすることが決まっていた。
歩美が開発したプログラムエンジンを載せる事が決まっていた。
けれど歩美はこのプロジェクトには少し疑念をもっていた。

それは勘みたいなものだった。
一緒にプロジェクトに参加している上司の山瀬は
「大丈夫だから、心配しなくても僕がうまくやるから」
そう言って彼女をプロジェクトに巻き込んだ。
歩美はどうしても納得いかず、だれにも相談ができず
一人で悩んで悩んで、少し心が悲鳴を上げていた。
それは自分でもおかしいと認識できるくらいのところまで来ていた。

歩道橋を歩く時、
「飛び降りたら楽になれるわよ」
悪魔の囁きをきいたり
電車をホームで待つ間に、飛び込んだらどうなるのだろうと
ついつい考えてしまったり。
でも、そんな勇気も出せずに、ココロが壊れていくのを、
感じていた。

そんな矢先に
「歩美はおくびょうだから」
という夢を頻繁にみるようになっていたのだった。

今、過去の自分を見てきた歩美の頭の中が混乱していた。

父の影

彼女の父親が急逝する前、
一度だけロボット工学の話をしたことがあった。
歩美は父との会話を思い出していた。
「ロボットが暴走した時、
 止められるのはプログラムだけだ、だからプログラムには
 フェイルセーフとフールプルーフという処理を盛り込んである」
16歳の彼女にはちんぷんかんぷんの話であった。
そんな顔をしていると歩美の父は
「ロボットに少しだけ臆病になってもらうという事さ」
そう言って歩美に微笑みかけた。
「臆病って、私みたいに臆病でいいの?」
歩美は父に聞いた。
父は手寧に彼女に説明をしてくれた。
「フェイルセーフは仮に間違った判断をしても、
 絶対に安全に働くという事。
 ロボットだったら絶対に人を守るという事、
 そしてフールプルーフは、
 絶対にミスが起こらないようにするという事、
 もしかするとロボットには、
 少し臆病になってもらわなければならないという
 事かもしれないね」
そう言って父はまた笑った。
歩美は父の笑顔が大好きだった。

歩美は先ほどの小学生の時の自分に父が
「臆病でよかった」そう言ったのを思い出していた。
そして16歳の時、再び父が教えてくれた事も思い出していた。

彼女の中からスーッと迷いが消えてくのを感じていた。
臆病だからではなく、臆病でよかったと夢でも言われていた事に
彼女は気が付いていた。
そして、
臆病であることはある種勇気をもって臨むという事である事も
わかった気がしていた。

その時、ベランダから鳥が飛び立つ羽音がした。
歩美はあわててベランダに駆け寄ったが、
やはり先ほどの黒いハトは居なかった。
歩美は、ベランダから見える都会の空に向かって
「ありがとう パパ」そう言った。

ココロのコンパス

彼女はスマホを取り出すと
会社の榊部長へ電話をかけた。
そして、今回のプロジェクトから自分が降りると同時に
危険な香りがすることについて意見具申した。
通常上司である山瀬を超えての報告はあまりよくない事だが
歩美の臆病風がそんな勇気を彼女に与えていた。

榊部長は歩美の話を真剣に聞いたうえで、
詳細は追って連絡すると言って電話を切った。

歩美は父との約束を思い出していた。
それは、どんな事があっても、
臆病な自分を捨てないという事だった。
臆病は時に大きな勇気を使う事になる。
小学生の時、友達に付き合わず、
自分一人の行動をとれたのは、臆病であるが、
勇気もまた沢山使った事になる。
友達からいじめや、無視されてしまうかもしれない
けれど、彼女は大きな勇気を使った事になる。
それは素晴らしい事であり、美しい事でもある。

歩美の父は、
「臆病であっていい、その代わり自分をちゃんと持つこと」
いつも彼女にいっていたのだった。

歩美は父との約束をまもり、今回も臆病という勇気を使った。

数日後、榊部長からメールが届いた。
<君の意見具申は正しかった、相手先の会社を調べた結果、
 かなり危ない橋をわたっている会社だとわかった、
 そして君の上司の山瀬だが、その会社とつながっている事も発覚した。
 今、賞罰委員会が立ち上がり、さらに詳しく調査している。
 君の勇気に敬意を表する。
 このままでは、わが社は信用を無くすところだった。
 そして君の開発したプログラムエンジンが流出する所だった。
 報告してくれてありがとう。>
こんなメールだった。

歩美はベランダで、青空を眺めていた。
一瞬、長い髪を揺らすほどの強い風が吹いた。
同時に懐かしい匂いが鼻先をかすめていった。

歩美は風が流れていった方向を見て
「パパ ありがとう、私はあなたの意思を次いで
 臆病なプログラムを組むから、天国で応援していてね」
そう落ち着いた声話した。

風は返事を返すように、もう一度歩美の頬を撫でていった。
「もう迷わない、私は臆病なままでいくわ、パパ、いいわよね」
歩美は心のコンパスに自分の決意を刻みこんでいた。
春まではまだ遠い冬の空だけが歩美を見ていた。

おわり

あとがき

私はかなり臆病ものだった。
でも、臆病者には臆病者の勇気があることにきがついていた。
新年の最初のショートストーリーには、
臆病はダメではなく、臆病は美徳である点を、
どうしても伝えたくて、短編小説という形で伝えさせてもらった。
歩美はもう迷うことなく、ココロのコンパス(羅針儀)の示すまま
生きて、活きていってくれると信じている。

皆様の一年が、大変な時代にまけないように
一筋の希望の風が吹いてくれれば、私は幸せです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
皆様に感謝いたします。


サポートいただいた方へ、いつもありがとうございます。あなたが幸せになるよう最大限の応援をさせていただきます。