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閉じ込められた部屋(第2話)


 真尋の呟きに、誰も答えてはくれなかった。
 ひどく頭が痛む。昨夜、自宅に帰った後のことを思い出そうとすると、その頭痛が邪魔をする。うまく思い出せない。ただ時間が経つにつれて、少しずつ思考がはっきりとしてくる。そして、それに伴って、自分を今取り巻く状況の異常さが徐々に深刻なものとして真尋の胸に迫ってきた。昨夜自分に何かが起きたのは確かだった。
「まず、今の状況を整理してみよう」
 真尋は自分に言い聞かせるように口にする。

 昨夜家に帰ったまでの記憶はある。
 だけど、自宅のドアを開けた後の記憶がない。
 そして起きると見知らぬ部屋に一人寝ていた。
 自分の服装を確認すると、赤いニットのセーターに黒のロングスカートを履いている。昨夜大学に行った時の格好のままだ。

 その部屋には時計もなかったので時間が全く分からなかった。今が朝なのか、それとも夜なのか。自分がどれだけの時間寝ていたのか。そもそもとして、自分の記憶にある“昨日”は、本当に昨日のことなのか。
 真尋は部屋を見渡すように視線を巡らせる。
 6畳くらいの部屋は窓が一つもなく、ただ、ドアが一つ真尋の右手側の壁に設けられていた。そして真尋の正面の壁の隅に小さな机が置かれていた。
 とりあえず外に出てみよう。
 真尋は立ち上がり自分の右手側のドアに歩み寄った。そしてドアノブに手をかけて力を入れる。ドアはガチャという鈍い音を立てるだけでぴくりとも動かなかった。何度か押したり引いたりしてみたのだけど、やはりドアは開かない。鍵がかけられているようだ。ドアを開けるのを諦めて、ドアからもともと自分が座っていた場所に戻ろうとしたときだった。
「あ!」
 真尋は小さな悲鳴をあげる。
 自分がもたれかかった壁に一つの絵がかけられていたのだ。それまでは自分がその壁にもたれかかっていた状態だったので、その絵に気づかなかった。

 薄暗い部屋の壁に、ただ一つ飾られた絵。
 それは、見る者を不気味な世界へと誘う、奇妙な存在感を放っていた。
 絵は、ぼんやりと霞んだ風景を描いている。
 遠景には、薄暗い森が立ち並び、その奥には、巨大な山脈がそびえ立っている。空は、鉛色のような重苦しい色で覆われ、太陽の光はどこにも見当たらない。
 前景には、奇妙な形をした建物が描かれている。それは、歪んだ塔のような形をしており、無数の窓が不気味な光を放っている。窓枠には、蔦が絡みつき、まるで生き物のように蠢いているようだ。
 建物の中央には、巨大な扉が描かれている。扉は、黒曜石のように光沢があり、不気味な模様が刻まれている。扉の隙間からは、薄紫色の光が漏れ出ており、異様な雰囲気を醸し出している。

 絵を見つめる真尋は、背筋にぞっとするような悪寒を感じた。まるで、絵の中の異様な世界に引き込まれそうになるような感覚だった。
「この絵は何なの?」
 痛いくらいの静寂の部屋に、真尋の言葉が消えていく。
 真尋はその絵から無理やり視線を切り離して、向かいの壁の隅に置かれている小さな机に足を向けた。机の上には一枚の紙切れが置かれていた。そしてそこには次のような文が、プリンターで印刷されていた。

“真実は、いつでもすぐそばにある“

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