BRIGADOON まりんとメランを見て心が荒ぶっている話。

何故自分がこの話を好きなのか、何故こんなにも心が抉られてるのか。
それを理解しないまま視聴していくのが嫌だから自己整理を兼ねて乱文覚悟で書いてます。
で、自分の性格的に誰かに見られる環境の方が圧倒的に自分への解釈によりメスをいれられると思うからとにかく書いてます。長い。
※※多分、読んでも面白くないです。※※

(まず、お前は何の話をしているのかって方に公式サイトを張っておきます。)

私がこの作品と出会ったのはYouTubeでガンダムビルドダイバーズリライズが配信されていて、視聴した結果ガンプラを作りたいと思いサンライズ作品を追い出したことが事の発端。

気になったガンプラを購入する中で、もっとガンダムを知りたい!ってことで大元でガンダムシリーズを作っているのはサンライズにたどり着いたわけです。元々ガンダムOOを視聴して、それはもう青春時代をガンダムOOで過ごし、家族も何かしらのガンダムを嗜んでいましたしスパロボとかGジェネのようなゲームも見ながら育ってたのでどんな作品があるかは知識としては持ち合わせていたんですが、最低知識だけだったので色々見てみようと思った次第です。

まあガンダムっていうのはシリーズとなるぐらいアニメの中でも多種多様にある上ぼちぼち話が長いし重いしあらすじを見ただけじゃ雰囲気を掴むのが精一杯なところがあるので、じゃあOPでも見ましょ!あら、ちょうどサンライズフェス(※サンライズ作品の音楽とかコメントを放送した番組)がやってるじゃない!ならコレ聞きながらガンプラでも作りましょ!って時に私はこの「まりんとメラン」に出会いました。いや、正しくはこの「まりんとメラン」のOPである「風の碧、海の翠」なんですけどね。

(※こんな歌とOPです。)

最初聞いた時にはまさか近年(にしてはちょっと時代が過ぎてるけど)サンライズ作品がこんな作品を作ってるなんて微塵も知らなくて、ただただ圧倒されてました。

いやだって、このNHKみたいな女の子とひと時代前のロボットみたいなデザインが共存していてかつ民族調っぽい曲でやってるなんて思わないじゃない?正直名前もそこまで興味を引くタイトルじゃ無かったのもあって曲を知ってから実際に作品を見るまでに時間を要しました。ええ。


っていう前提条件から、ようやく「まりんとメラン」がどんな話なのかを簡単に説明すると、

孤児「浅葱まりん」は昔ながらの住人達に愛され育てられていたおかげで腐らず明るい中学一年生へと成長した。

ちょっとヘンテコだけど平凡な彼女はそんな時、自分を襲う謎の敵の襲来を受ける。それは圧倒的な力を持つ機械のようなものであり、逃げる中で彼女は人間ではない生命体「メラン・ブルー」と出逢う。


まあ、多分こんな感じの話です。

まだ6話までしか見てないんですが、これがまあ面白いというか私の心から離れない。ひたすらに私の心を抉りこれは私を変える、もしくは原点に引き戻す作品だと訴えかけてやまない。仕事中もずっと考えるくらいに、それこそ異様なぐらいに私はこの作品に焦がれているぐらいに。

私は何故、この作品に心を惹かれているのかを解明すべく今から自分の心を文章化する作業に入ります。(くっそ長い前置き。)

で、「まりんとメラン」を視聴したわけですが、これがもうどストレートにタイプな作品でした。最初一話は割と煩い主人公まりんちゃんなので、中々初見は受け入れづらいかもしれませんが、戦闘シーン、生命体メランとの邂逅は不思議と見てしまう。面白いか面白くないかでいうと微妙だけど、何故か話が気になってしまう、そんな作品。かと思いきや、まあ話が重いし全体的に主人公は明るいだけでそれ以外は何となく暗いんですよ、この作品。

主人公のまりんちゃんは天真爛漫で凄く良い子です。貧しい長屋で育ちますが、長屋の住人はみんな良い人。友達もいるし、中でも如月萌ちゃんが一番の友達。この中に自分を守ってくれるメラン・ブルーが加わります。

だけど、メラン・ブルーは人間ではなく両腕の代わりに刀と銃を持つ機械のような生命体です。だからまりんちゃんに危害を加えるものには全て、その刀や銃を向けてしまう。それ故に彼女は物語早々クラスで虐められ、メラン・ブルーのような人間ではない生命体を解明調査する警察に捕まり尋問を受けることになるのです。(〜6話まで)

いや、天真爛漫な中学一年生の話にしちゃ重いわ。


ほんと、物語開始早々にいじめられるってなんなんでしょうね。

でも、彼女が受ける言葉の暴力はとても身近なものです。味方はいるけど、世界は何もしていないはずの彼女に対してとても厳しい。

中学一年生(13歳)って残酷なんですよ、なんの迷いもなく正義を振りかざして感情を武器にして自分と違うものを差別したり、恐怖したりする。それが相手をどんなに傷つけるかもは考えない、だって自分が傷ついたからやり返しても良いと思っている節があるから。

まりんちゃんは確かに何もしてないけど、メラン・ブルーの存在で彼女は彼女を愛しているもの以外全てから厭われてしまう。可哀想だけど、それでもまりんちゃんは良い子だし持ち前の明るさで立て直したり、彼女を愛している人間のおかげで生きているんですけど、まあ酷い言われようです。

子供向けのロボットアニメとかって異質なもの素直に受け入れがちですけども、これはある意味リアルな作品です。自分を傷つけるようなもの、傷つけたものは許さない、仲間にいれない。

私は、酷いことを言うクラスメイトの気持ちも理解出来る。台詞1つをとっても中学時代に似たようなこと言われた人いると思うんですよね。何もしていないけど、周囲の環境とかで悪口を言われたり、いじめを受けることって、この作品みたいに平然と起きるものなんですよ。悲しいけどね。

この、「まりんとメラン」はとても【ちぐはぐな作品】です。作画も相まって、主人公の明るさや描かれ方はギャグテイストなくせに世界はとてもシビア。戦闘が起きれば何かしらに被害が出て人は死ぬ、でも彼女は守られて愛されて、排斥されている。

見てみると多分、分かります。感覚的に。

だから受け入れづらいし面白くないって思う人はいる半分、のめり込む人も出てくると思うんですよね。どうちぐはぐなのかは、実際に見てもらった方が分かりやすいと思うし、多分違う時に書くから今は書きません。

…で、何故私はこんなにも「まりんとメラン」に心を惹かれているのか。

自分でも分からないけれど、これは私にとって向き合うべき作品なんだと私は勝手に思っています。なんとなく、人間って自分がどんなものを好きかって理解するよりも先にこれが好き、あれが好きって見つけていってその中で規則性や統一性を見つけていくものだと思うんですよ。こういう影がある人が好き、性格が好き、顔が好き、〇〇が出ている作品が好き…みたいな。

でも、そうなる前に必ず自分を変えた作品とか、自分が形作られるに至った何かが人間には必ずあると思うんです。本当に大元、文字を理解して感情を理解して初めて自分が追いかけたものが、必ず。

アンパンマンとか、トーマスとか、ポケモンとか、お母さんとか、おじいちゃんとか、ペットの犬とかなんとか。まあ、それは人によって多種多様だと思うので割愛。

そんな私の場合、恐らくガンダムOOがオタクになる作品だとするなら私が文章を書くきっかけとなったのは、恐らく「子リスのペリー物語」だったのでしょう。何度も何度も読み返して、強く印象に残ってる本で一番古い記憶にあるのはこのペリーだし、初めて小説というか物語を書いたのもこの時期。



「まりんとメラン」って、何だかこのオタクになる前の好きだった読書が好きだった私が好きな作品なんですよね。で、私が一体何に心を惹かれて追い求めたのかを教えてくれるそんな作品というか。

綺麗だけど、残酷で、だけど理解するものがいて、理解されるものがいて。恋をするとかじゃなくて、ありのままの自分が成長していく過程の中で、感情を知るというか、知らないからこそ名付けられない感情に名前をつける段階というか、ようやくそれが「恋」とか「愛」とか「友情」とか「怒り」「憎しみ」になっていくというか。

大人になってから忘れていたけど、根底にある大事なものを思い出させてくれるような、そんな作品が私にとっての「まりんとメラン」。

まりんちゃんにとってメラン・ブルーはメラン・ブルーなんですよ。で、メラン・ブルーにとってもまりんちゃんはまりんちゃん。そんな二人が徐々にお互いを知り理解していくと思われる世界が何よりも愛おしくて美しい。

容姿とか性別とか命の形とか全てが関係無く繋がっていく話が私にとって何よりも胸を打つ話なんだろうなって痛感してるんですよね。

道徳的と言われてしまうけど、美しい話が好きなのだと私はいつも思います。別に非道徳的だって話は同じです。

そこにある思いが、純粋である話が、何よりも、好き。

多分私の根底には生命体が持つ純粋さや無垢さ、清廉さ、それを個人ではなく誰かと繋がっても確立して性差や欲望を越えた半身やもう一つの心臓、相手のために死ぬことすら厭わない、相手の為に死ぬことすら幸福と思える自己犠牲や忠誠、無償の愛が何よりも愛おしくて泣いてしまう程に好きで好きでたまらないのです。

それをなぜ好きになったのかはきっと家庭環境とかの話なんだろうけど、何がそこまで私を変えたのかはまだまだ堀直しが必要になりそうだからおしまい。

メラン・ブルーはそんな私が愛おしくて純粋さ故に美しいと思う生命体そのものであり、メラン・ブルーが守りたいと思うまりんちゃんという生命体もまた同じぐらい美しい。

だから私はこんなにも心を惹かれてしまうんだろうな。

メラン・ブルーは多分、強くないです。一人の人間に対しては強いけど敵と戦うのは、正直強くない。人間が撃つ拳銃で傷もついて紫の血を流す。それでも彼はまりんちゃんを守る、何があっても守るのだと思う。その気高くも、いっそ痛ましいほど、ひたむきで真っ直ぐな感情が私に眩しいぐらいの生きる力を与えてくれる、安らぎを与えてくれる。

でも、そんな真っ直ぐ過ぎる人間なんて今の世の中じゃ何処にも見つからないからこそ、私は物語の中で求めてやまずに追いかけているんだろうなって。

(…仮面ライダードライブに出てくるチェイスとか、好きになったの同じ理由だろうなあ。)


ちなみに別にまりんちゃんになりたい訳でもないんですよね。メラン・ブルーはまりんちゃんをずっと見ているべきだと思うし、まりんちゃんもメラン・ブルーや長屋の住人や萌ちゃんを見ていて欲しい。その完成された世界を垣間見させてもらうことで私は勇気をもらったり、希望をもらったりしてるわけですので。そこだけは誤解がないようにお伝えしないといけない。

まだ6話しか見てないんですが、まあ、まあまあまあ本当に好きな作品になりつつある「まりんとメラン」。

周りの評判見てるとめちゃくちゃ良いんですが、辛いとか胸が張り裂けそうってコメントがあって多分ひたすら泣いている自分が既に見えますが何かそれすら愛おしくて自分自身どうしちゃったのって感覚。

6話の最後でやべえことになってるのを見て、もう早く次の話をみたいけど、この感覚とか新鮮な感想とかとにかく書かねばって一心でここまで描きましたが書きたいことはまだまだありますし、なんならあと一万字ぐらい書きたいけどとりあえずはここまで。

「まりんとメラン」魂にまで届く、好きという気持ち。

この作品を最後まで追いかけた時、自分がどうなるのか既に楽しみで仕方ないです。

もし、ここまで読んだ私以外の物好きがいたらありがとうございました。またどこかで。







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