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由希子<プロローグ>

今朝、起きて鼻をかもうとベッドからテッィシュに手を伸ばしたら
空っぽだった。

・・・あぁそうだ、昨晩でなくなったんだった。

たったこれだけで果てしのない絶望感が襲う。
ちょっと立ち上がった先に新しいストックがあるというのに。

「使おうとした時に切れているとか一番ヤだ。」

こうやって「一番、ヤだ」が毎日更新されてゆく。


由希子、三十六歳。
独身一人暮らし。

この歳にもなれば、
前日の物事を疲れと共に引きずって目覚める朝なんて数えきれない。

仕事のこと、プライベートのこと・・・

人生の大項目は一つずつ落ち着いていって欲しいところだが、
未だ何も"済"印は押されていない。

仕事では出世もない、昇給も期待できない立場なのに
年々責任と仕事量だけは増え、仕事をすればする程
給料に見合わないという虚無感が疲弊として積もってく毎日だし、
プライベートは・・・

それよりもっとひどい状況だ。

それでもマトモ、と言うのが適切な表現かわからないが
周りに大きな迷惑をかけることなく生きていると思う。

なのに、
やるべき事をやるが故に損をし、
男に騙されれば、甘い言葉を信じるなと当然のように諭され、
なにか被害に遭えば、スキがあったのだと注意される。

どうやらこの世の中、
被害者や弱者である筈の者が責められるらしい。

複雑に考え過ぎが悪い、
こじらせてるのが悪い・・・

悪い、悪いと責められるような生き方を
自分は本当にしているのだろうか。

だって、

どう考えたって、やるべき事をしない人が悪いし
女心を弄ぶ男が悪いし、人のモノを盗む奴が悪い。

正当さを不正とするそちらの方が
よっぽど複雑にこじらせているじゃないか。

・・・しかしながら、

世間は三十路過ぎた女には相当厳しいらしい。
三十数年、ただ生きてきただけなのに。

――なんて考えている間に、
新しいティッシュを開け、身支度を整え
軽い朝食を食べ終えた。

カバンの中身を軽くチェックし
スマホを充電器からはずして手に持つ。

AM8時少し前。

立ち上がり、玄関先で一度部屋を振り返って
ヨシ、と頷く。

向き直って靴を履き、扉の前で
「ヨシ。」と小さく言う。

今日も闘いの一日が始まる。


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