短編小説:『季節外れのバッタ』
まえがき
異常気象や気温の変化が、私たちの生活だけでなく、自然界のリズムにも大きな影響を与えています。その中でふと目にする「季節外れ」の存在――例えば、冬の寒さの中で生き延びようとするバッタの姿は、私たちに何を語りかけているのでしょうか。
短編小説『季節外れのバッタ』は、季節外れに見つけた小さな命と向き合う主人公の物語です。一匹のバッタを通じて、自然と人間の関係、生きることの意味、そして未来への希望を静かに描きました。
この物語が、日常の中で見過ごしてしまうかもしれない「小さな命」に目を向けるきっかけになれば幸いです。そして、このバッタの姿が、あなたの心にそっと何かを灯してくれることを願っています。
1. 枯れた草むらの出会い
冬の初め、冷たい風が吹きすさぶ田舎道を歩いていると、ふと足元でカサッという音がした。振り向くと、茶色い草むらの中に一匹のバッタがいた。
季節外れもいいところだ。バッタなんて、秋が終わる頃にはいなくなるものだと思っていた。それなのに、この冷たい風の中で飛び跳ねているなんて不思議だった。
「お前、どうしてこんなところにいるんだ?」
もちろん返事はない。バッタは一瞬止まったかと思うと、また草むらの中で跳ねていた。どこへ行くともなく、ただひたすら飛んでいるように見えた。
2. 記憶の中の夏
そのバッタを見ていると、今年の夏のことを思い出した。田舎にあるこの家に戻ってきたのは、都会での仕事に疲れ果てたからだった。
夏の間、僕は毎日何もせず、庭でぼんやりと過ごしていた。田舎の庭にはバッタがたくさんいて、時には家の中に入り込んでくることもあった。
「ああ、またか。」
そう思いながらも、捕まえて外に放り出すたびに、子どもの頃を思い出したものだった。バッタを追いかけて原っぱを駆け回り、夕焼けに染まる空を見上げたあの日々。無邪気だった自分が、今ではどこか遠い存在に感じられる。
3. 季節外れの孤独
草むらの中のバッタを見ていると、なぜかその姿が自分と重なった。季節外れに残され、どこへ行けばいいのかも分からない。ひたすら跳ねるしかないバッタ。都会に戻る気力もなく、田舎でただ日々を過ごしている僕。どちらも、行き場を失った存在に思えた。
「お前、何がしたいんだ?」
そう呟くと、バッタは草むらからぴょんと飛び出し、僕の靴先にとまった。凍えるような風が吹きつける中、その小さな体は震えることもなく、ただそこにいた。
4. 一歩を踏み出す
バッタを手でそっと掴み、家に連れ帰ることにした。暖かい場所に置いてやれば少しは楽になるかもしれない。居間の窓際に小さな箱を用意し、そこにバッタを入れた。
夜になると、バッタは箱の中でじっとしていた。息をするたびにわずかに動く体が、生きるための力を振り絞っているように見えた。
「お前は生き延びたいんだな。」
そう呟くと、自分が情けなくなった。バッタはこんな寒さの中でも生きるために動いている。それに比べて、僕は何もしていない。ただ、過去に縛られているだけだった。
5. 春を待ちながら
それから数日、僕はそのバッタを世話するようになった。暖房の効いた居間で、枯れた草や野菜を与えながら過ごした。動きは鈍いが、それでも少しずつ食べているのを見ると、なんだか希望のようなものを感じた。
「俺も、もう少し頑張ってみようかな。」
そう思い始めたのは、バッタが少しだけ元気に跳ねた瞬間だった。あの夏の日々を思い出すだけでなく、これからの季節を迎え入れる準備をするべきだと感じた。
6. さよなら、季節外れのバッタ
冬の終わりが近づく頃、バッタは箱の中で静かに息を引き取った。わずかな時間だったが、彼と過ごした日々は僕にとって特別なものになっていた。
「ありがとう。」
僕はバッタを庭に埋め、夏の日差しが戻る頃には、この場所に花が咲くだろうと願った。
7. 新しい春の中で
春が訪れ、庭には小さな草花が芽吹き始めた。僕は新しい仕事を探し、少しずつ都会に戻る準備をしていた。
バッタの小さな体はもうこの世にないけれど、彼が教えてくれた「生きるために跳ねる」というシンプルな姿勢は、今でも僕の心に残っている。
季節外れだったバッタは、僕に季節の変わり目を教えてくれた。そして僕もまた、新しい季節に向かって跳びはじめたのだ。
−完−