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褒める舞台演出家への転職と、子どもやチームメンバーを育てること

先日、ハラスメント防止・対策についてのミーティングに参加しました。

その流れで、ひとりの演出家(Aさんとします)と話す機会を得ました。

演出家や劇作家には、例えば「年収がいくらである」だとか「どこどこの会社で役職が」などの目に見える評価基準はなく、「カリスマ性があるか」などで評価がされがちであり、「才能あるね」の一言で起用されたと思ったら、理由もわからず「才能がない」の一言で切られてしまうこともある。

「口約束で生きている」という実情などもあり、不安を抱えやすく、それがハラスメントや支配的な演出の背景のひとつなのではないか、という話題に至ったりもしました。

すべての演出家・劇作家に当てはまるものではありませんし、個人的な話の範疇です。

「口約束」の文化には問題点が多いですが、一方で、ハラスメント対応などの、新しい取組に対してフットワーク軽く動ける土壌が育っていることなど良い面もあるとのことでした。

その他にも、色々話す中で「褒める演出家」という言葉が出て来ました。

「褒める演出家」とは

演劇業界も広いと思いますので、その一部の話になるかと思います。ご了承の上、読み進めていただければ幸いです。

これまで、演出家の仕事のひとつは「ダメ出し」であるとされていました。「ダメ出し」というのは、演技などの「ダメな部分」を指摘する、ということです。

Aさんは、ある日、尊敬する俳優から「褒めるのが下手である」「大御所の演出家さんたちも、今は変わってきていますよ」と指摘を受けたそうです。

Aさんは「私は、褒めている」「褒めている方の演出家である」と自分自身を評価していました。しかし、尊敬する俳優から言われたので、「次の稽古では意識をして褒めてみよう」と試みたところ、

これまでも褒めていたつもりが、「全然褒めていなかった」ことに気づいたそうです。

演劇における演出家の立場

Aさんからは、演劇の現場では、「演出家が支配的になりやすい」という話も聞きました。演出家が、演出プランやキャスティング、香盤の決定権を持っているということは理由のひとつです。(簡略的な表現になりますが)演出家の頭の中にあるイメージを舞台上に作っていくことが俳優の仕事であることも関連があるでしょう。

また、一方で、演出家は演出家で「いつ切られるかわからない不安」を感じながら演出をしています。

俳優が演出をボイコットする可能性も決してゼロではありません。「私は大丈夫かなあ」「みんな言うことを聞いてくれるかなあ」という不安から「常にテストされている気持ち」にもなり、優位性を示し、支配的になりすぎてしまうこともあるようです。

また、演劇業界は、「背中を見て学ぶ」ということが未だ多い業界です。支配的な演出家の背中を見て学んだ演出家は、どうしても支配的になってしまいがちですし、演出家はひとつの現場に一人しかいないことが多いので、キャリアを積みながら自らの演出方法を修正していく機会には、恵まれにくい役職になります。

褒めて支配する手段もありますが、「ダメを出す」ことと「支配」の方が親和的な関係にあることは、想像に難くないでしょう。

ダメ出す演出家から褒める演出家への転職

Aさんの経験によると、

結論から言うと、褒めて演出することは可能であり、褒めた演出をしたほうが作品は良くなるそうです。

俳優の演技の、良いところを褒めて、良いところをどんどん引き上げていくと、全体的に演技の質が上がっていきます。そうすると、良くなかったところ(ダメなところ)も、自然と底上げされていくとのこと。

後述しますが、これは子育てなどでもまったく同じだなと思います。

なぜ、褒める演出が流行らないのか

私が知っている俳優が「演出家に褒められるのが嫌い。意識してしまって、同じシーンを同じように演じられなくなるから」と言うのを聞いたことがあります。私はこれを聞いて「俳優って褒められ慣れていないんだな。たった1回褒められただけで、意識をしてしまうんだ。切ないな」と思いました。

俳優が意識しなくてよくなるくらい、褒められることが増えれば良いのに、当たり前になればよいのに、と個人的には思います。

Aさんによると、流行らない理由は大変だからではないか、とのことでした。例えば、ハラスメントにならないように言葉を選んで伝える、ということでも、これまでは「演技下手(えんぎへた)」の5文字を言えば良かったのが、「今の演技は、これこれ、こういうところが、こうだから……」など、相手の立場に立って伝わりやすいように、且つ、尊厳を傷つけないように言葉を選びながら伝えなくてはならない。

演出中は、ただでさえ頭はフル回転しています。パッと伝えたいのに、言葉を選ぶ手間、相手の立場に立つ手間が入ってしまう。これはものすごいストレスに成り得ます。

直観的な演出を得意とする演出家であれば、尚更でしょう。

また、俳優も、その日の調子などもあって「昨日だったらこの指摘を受け入れられたけれど今日は受け入れられない」などということもあります。相手の様子をよく見て、何を伝えるか、いつ伝えるか考える、という手間も入って来ることがあります。

ハラスメントをしてはいけない、褒めた方が良い、といくら頭ではわかっていても、創作の場に入ってしまえば「あ~!面倒!」「5文字で伝わるのに!」となってしまうことは、わからないではありません。

Aさんは、演技を褒めることの難しさについても教えてくれました。

ダメなところは、目につくからすぐにわかるし指摘できる。

良いところは、よく見ないとわからない。良いところというのは、本当に小さな変化であることもある。

なので、褒める演出家は(転職当初は)消耗し、疲れてしまい、ダメ出す演出家に再就職してしまうようです。

褒める演出のメリット

褒める演出のメリットは、作品が良くなることにプラスして、

演出家の「見る目が良くなる」「細かいところを見る目が鍛えられる」ところでもあるとAさんは言います。

最初の面倒くささ、疲れやすさを、どう乗り切るのかが鍵になりそうです。少し長い目で見れば作品にとってメリットが大きそうですし、褒めることが習慣になってしまえばそれほど苦でなく「褒める演出家」業ができるようにも思います。

子どもやチームメンバー(部下)を育てるときも

俳優の演技の、良いところを褒めて、良いところをどんどん引き上げていくと、全体的に演技の質が上がっていきます。そうすると、良くなかったところ(ダメなところ)も、自然と底上げされていくとのこと。

上記のように先ほど書きましたが、これは子どもをはじめ、人を育てるときにはすべて共通するように思います。

子ども場合は、発達臨界期がありますから、急いで弱い部分を補強する必要がある場合もありますが、基本は同じと思います。

得意不得意が顕著なお子さんの養育者の方からは、「苦手な部分をなんとかしたい」と相談を受けることがよくあります。「この子が苦労しないように」「恥をかかないように」と、苦手を無くしてあげたいと思う気持ちが伝わってきます。しかし、ケースバイケースではありますが、得意なところを伸ばしていくと、全体的な底上げも起こりますし、将来的には得意なところが苦手なところを助けてくれることもあります。

ですので、「(この子はこれが苦手だけど)これが得意だから、こっちにフォーカスを当てよう」という視点でお子さんを見守ることがおすすめです。

チームメンバーについても、どうしてもダメなところは目につきますが、そこは目をつぶって良いところを褒めてみる。そうすると、ダメだと思ってたところがいつの間にか変化していることがあると思われます。

褒めるのが苦手な場合

そもそも褒めるのが苦手で……という方もいるかもしれません。Aさんのように、褒められるところをよく見て探す、細かい変化を見つけられるようになる、など意識してみることもひとつの解決法でしょう。

褒めるコツ

褒めるコツをお伝えすると、ひとつは、「行動をトータルで見ない」ということです。特に子どもは、まだ成長過程にあり、未熟な存在ですから、「最後までできたら褒めよう」などと思っていると、どこかで失敗をしてしまいます。ですから、褒められることを見つけたときには、即座に褒めるのが褒めるコツです。

最後までできたら褒めよう、後で褒めよう、まとめて褒めよう、と思っていると褒めるタイミングを逸してしまいます。

これは、聞いた話ですが、海外のIS産業(Information System産業)の現場では、SEたちがパソコンに向かって作業をしている後ろを上司が歩き回っており、その上司は、SEの仕事ぶりに良いところを見つけたらその場で「Cool」と聞こえるか聞こえないかの音量でつぶやいていたそうです。

良いところを即時に認めてもらう。これはSEのみなさんにとって肯定でもあり、励みにもなったのではないでしょうか。

マイナスなことを言わないだけでいい

また、以前、えじそんくらぶの高山恵子さんの研修で日本式自尊感情の高め方というのを学びました。育てにくい子の家族支援:親が不安、自責、孤立しないために支援者ができること(合同出版)に書かれています。

興味がある方は、著書を読んでいただければと思います。

そこで学んだことと、さまざまな私の経験を併せて書きますが、褒めるのが苦手な場合は、褒めなくても良いと思っています。これまで書いてきたことと矛盾をするようですが、マイナスなことを言わない(マイナスの言動を止める)だけで、特に子育てでは効果があるように思います。

自尊感情の低下をストップし、高めていくことができれば、失敗を恐れずにチャレンジできたり、自信を持って取り組めたりと、俳優やチームメンバーのパフィーマンスは向上していくのではないでしょうか。少し、遠回りかもしれませんが……。

褒めなくても良いので、認める

もうひとつ、褒めることが苦手な方に勧めているのは「ただ、認める」ということです。

私が以前、児童養護施設で勤務していたとき、あるベテランのケアワーカーさんは、子どもと通路ですれ違うたびに「あら!あなたじゃないの~」と声をかけていました。名前を呼んでもらったわけでもないのに、「あなたじゃないの~」と言われるだけで、子どもたちはニコニコ。

「ただそこにいること」や、「そこに存在していること自体」を認めてもらうこと、というのは人を安心させるんだなと、私はそのケアワーカーさんから学びました。

私も、例えば、子どもが私の前にある椅子に座ったら「〇〇さん、そのお椅子、座っているね」「〇〇さん、今日は黄色のお洋服、着ていますね」「こんにちは、って〇〇さん言ったの聞こえたよ」などと声をかけたりするようになりました。

何一つ褒めてはいませんが、それで充分、ということはよくあります。

排水管など、登っていけないところを登っている子に「登ってるね」と声をかけるだけで、大人に見てもらえたと満足して降りて来てくれる子なんてのもいたりします。

俳優も、演出家から、例えば、「(良いかダメかはおいておいて)こういうことをやろうとしていたこと、見ていて伝わりました」などと、俳優としての試みに気付いて、認めてもらうだけでも、充分で。認めてもらううちに、演技が底上げされていくなんてこともあるのではないかと思っています。

終わりに

ここまで、褒める演出家について書いてきました。ここまで書いてみると、「あれ?じゃあ演出家は褒められているのかな」「作品が褒められることはあっても、稽古中に、演出を褒められることはあるのかな。存在を認められることはあるのかな。みんなは演出家の安心のことは考えているのかな」そんなことも思ったりしました。

これは、養育者(親など)も、上司も同じことです。

この話は、話が膨らみ過ぎてしまうので、今日はここまでにしたいと思っています。

最後に書きたかったことは、この記事では褒める演出家について書いてきましたが、これは決してダメ出す演出家や、ダメを出して作られてきた作品を否定するものではない、ということです。

ダメ出しで作ってきた過去への批判ではありませんし、ダメ出しで作られた作品の価値が変わってしまうわけではありません。

ですが、どうしても時代は変化していっています。演劇業界においても、ハラスメントへの意識は少しずつ変化していっていますので、時代に合わせて演出方法も変化していくということは大切なことだと考えます。

ダメを個人の尊厳を侵さずに出す方法もあるとは思います。けれど、ダメの方が、褒めよりも、ハラスメントにエスカレートしていく可能性が高いことは想像していただけると思います。

作品には受け取り手(観客等)もいます。古い価値観で作られたものは、新しい価値観を持つ受け取り手たちに、受け取ってもらえなくなる可能性もあります。例えば、大手ファストファッション企業の製品が、人権問題に触れている可能性があったため、不買運動が起きたり、輸入が差し止めされた出来事もありました。世の消費者たちはこういった問題に敏感になってきています。

話が戻りますが、この記事では褒める演出家のメリットを多く書いています。それは、メリットがなければ「大変だけどやってみよう」とはなかなか思えないのではないかと考えたからです。

ダメ出す演出にもメリットがたくさんあるからこそ廃れないのだと考えています。今回は褒める演出家の話を偶然聞きましたが、どちらの話にも等しく耳を傾けながら、また考えてみたいと思っています。

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