ファンのあの子

芸人だったとき売れなかった僕にも1人だけはっきりとファンといえる子がいた。コンビとしてのファンではなく僕個人のファンだ。その子とどうやって知り合ったのかは忘れてしまったが、いつだったかライブの出待ちをしてくれて手紙をくれた。その手紙には僕の声が好きですと書いてあった。

その頃はまだ僕のファンということに気づかなかった。相方がとてもモテる男だったので、また相方のファンだろうなと思っていた。しかし、その後も何回も出待ちをしてくれ、話していくうちになんとなくそうなのかなと思うようになった。とても純朴な雰囲気の可愛らしい小さい子だった。仕事が忙しいらしく、目の下にはクマができていた。Tシャツとかのカジュアルな服装だった気がする。


いつだったかの年越しライブの時にも友達と来てくれた。仲の良い先輩に彼女のことを話したら、「このあと飯でも行けば良いじゃん」と言うので一緒に付き合ってもらい、彼女と友達と僕とその先輩の4人で元旦の朝にガストに行った。少し話をして解散した。帰りに彼女と2人きりになったときに「垂直さんは今彼女はいますか?」と聞かれた。いたけどなんだか彼女の夢を壊してしまうかもと思い「いないよ」と言った。

彼女は仕事の都合で関西の地元に帰った。それでも東京に度々きてライブを観に来てくれた。

その後にも彼女と先輩の3人でご飯に行ったことがある。先輩が僕に好きな食べ物とかどんな女の子が好きなのかとか色々質問して僕が答えると、彼女はその答えをカバンから出したB5 のノートにつらつらとメモしていった。この大胆な行動に、僕は女としての打算を感じた。彼女をいたいけな純朴な子と思っていたが、その中にもやはり女があるんだなと少しドキッとした。

彼女は僕の好きなものまで好きになってくれた。僕の好きなミュージシャンのライブに1人で行って感想を教えてくれたり、物販のお土産を買ってきてくれたりした。そんなことがしばらくの間続いた。

僕は彼女の好意に素直に応えることができなかった。それは彼女のことが好きではないからではなく、その気持ちを受けきれる器がないからだった。やはり根本的に自分に自信がない。なぜ自分にここまでしてくれるのか、そこまでする価値のある人間か?こんな自分にそこまでするなんてこの子はおかしい、変だ。変な子ばかり俺を好きになるんだな、勘弁してくれ。いつもこの思考回路である。

愛することよりも愛されることを正面から受け入れることの方がはるかに難しいと思う。人から向けられた愛に対して驕るのではなく、真摯に受け入れることができる人が羨ましい。僕には一生できない気がする。

僕は彼女から少しずつ離れていった。出待ちも行かずそっけなくなっていったと思う。彼女も僕の気持ちに気付いてだんだん距離を置くようになった。

僕が芸人を辞めた時も特に連絡を取ることはなかった気がする。


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