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【2分小説】無色透明なヒーロー



「俺が高2の頃なぁ。

他校のヤンキーに囲まれたことがあんだよぉ。

んで、こう殴りかかってきたからよぉ。
俺は、こう捌いてから後ろに回り込んで、こんな感じでコブラツイストしてやったんだよぉ」


上司が、100万回聞いた遥か昔の武勇伝を酔っぱらいながら後輩達に語り始めた。


僕は知っている。
この後、必ず長々と「今の若い者は~」が始まる。

そして、「特にお前、最近酷すぎるな!」
と名指しされて、ターゲットにされた後輩は、朝まで飲みに付き合わされる。


しかも、奢ってくれるわけではないので
次の日悔し涙を流してATMでお金を下ろすことになる。


だから、僕は
いつも通りカメレオンのように
居酒屋の賑やかな雰囲気に同化して
エキストラサラリーマンを演じる。


今日は、会社の期待の新人スズキくんが
選ばれた。


良かった。

今夜も無事帰れる。


もし朝まで付き合わされたら
金が尽きてしまう。


先週、我が家に親戚達が集まって
甥っ子姪っ子達にお小遣いをあげたせいで
今月はキツい。


でも、金欠よりキツいのは
親戚達からの「お前はいつになったら結婚するんだ?」という質問だ。


大嫌いな質問をされないように
幸せな家族の風景に同化して話題をふられないようにした。




そんなろくでもない過去を振り返りながら
閑静な住宅街を歩いて帰る。


数時間前にいた居酒屋とは大違いだ。


だけど、この落ち着いた帰り道をぶち壊す者がいる。

それは、フクヤマさん家の番犬ブルヴァリンだ。


ブルヴァリンは、昼だろうが夜だろうが関係なく家の前を通った者を誰かれ構わず大声で吠える。


こんな遅い時間に吠えられたら
近所に迷惑だ。


僕は、いつものように
町の風景に同化してブルヴァリンに
気づかれないようにフクヤマさん家の前を通りすぎた。





「…今日も、疲れた。ただいま」

我が家の玄関を開けて、
僕はいつものように言った。



母が玄関まで「はいはーい」と
陽気な声を出しながらいつも通り出迎えてくれた。


でもその後、僕の顔を見てから
いつもと違うことを言った。











「…どちらさま?」





次の日、久しぶりの有給を取り病院に行った。


「まだなんとも言えませんが、
恐らくお母様は、認知症の疑いがありますね」


医者が難しそうな顔をして言った。


「…認知症って。
母は、まだ60になったばかりですよ。
早すぎませんか?」


「近年、若年性認知症は増え続けています。」


「…母は、治りますか?」


「進行を遅らせる方法は、いくつか増えてはいますが治す方法はありません。」


「…そうですか。」


母だけは、ずっと僕の味方でいてくれた。


厳しかった父を病気で早くに亡くした後も、大学を中退しても、就活を何度も失敗し続けても、上司に相手されなくなって出生街道を踏み外しても、いつまでも孫の顔を見せられなくても、近所の犬にさえ吠えられることがなくなっても。


いつまでも、優しいままでいてくれた。
見捨てないで、僕を見てくれていた。


でも、そんな母からも
僕はそこら辺の他人とも同化してしまい
見分けがつかなくなってしまったらしい。


「どちらさま?」

母に言われた言葉が頭の中で
何度も繰り返される。




何にでも同化してばかりいる
今の僕は、

いったい、どちらさまなんだろう…?



何度も「僕は母さんの息子だよ、タケユキだよ。」と伝えた。


でも、母さんはその度に
「違うわ、この子がタケちゃんよ。」
とマントをつけてヒーローのポーズをしている子供の頃の僕の写真を指差して言った。



あの頃は、光輝いていた
自分がこの世界の主役だと思っていた。

ごめん、母さん。

僕はヒーローじゃなくて
ストーリーに一切関係しない
名もなきエキストラになるので精一杯なんだよ。











これからの介護資金に向けて、
貯金残高を確認するために銀行に行った。


自動ドアが僕を感知してくれなかった。
自動ドアにすら気づいてもらえない自分が悲しくなった。





もう残りこれしかないのか…
姉さん夫婦に仕送り金額を増やしてもらおうか…

いや、甥っ子が小学生になったばかりだ。
もう少し、僕が頑張らないと…


そんなことを考えて1人ATMの前で
暗くなっていると、
ザワザワと後ろが騒がしくなった。



「強盗だー!
死にたくなければおとなしくしろー!」


覆面を被った男が
銃を持って大声をあげた。


僕は、慌てて
おとなしい人質に同化して
やり過ごすことにした。


…すぐに誰かが助けに来てくれるだろう。


警察が銀行の外まで駆けつけたが
僕達が人質になっていることで
銀行内に入って来れずにいる。




…きっと大丈夫だ。

この銀行で人質になっている人の中で
勇敢なヒーローがいて、その人が勇気ある行動をしてくれるだろう。


僕は、何もしなくていい。


1時間ぐらい緊張の時間が続いて、
ようやく誰かが動き出してくれた。


「おい!強盗なんてバカなマネはやめるんだ!」


若者が声をあげた。

ほら、僕が動かなくても
誰かがなんとかしてくれる。

この世界は、主役達が回してくれるから
僕はエキストラのままでいればいいんだ。


「なんだおまえ!」

強盗は、若者に銃を向けて威嚇した。


「どうせ、その銃は偽物かなんかだろ?

さぁ、バカな真似はやめて
おとなしく警察署にいこう!
今なら、まだ罪は軽くすむ!」


若者がジリジリと強盗に近づく。


よく見たら若者は、
会社の期待の新人スズキくんだった。


スズキくんも、銀行に来てたみたいだ。


こういうピンチにエキストラ達を
救ってくれるのは、スズキくんみたいな
キラキラした人間だ。


彼みたいなヒーローが
ここにいてくれて良かった…



僕が安心して気を緩めた瞬間
銃声が鳴った。


強盗の持つ銃から煙が出て
スズキくんは肩をおさえて痛そうに倒れこんだ。



それを見てその場にいた女性達が大きな悲鳴をあげた。


一気に緊張感が走る。

スズキくんの肩から
ドクドクと血が出てくる。


もうヒーローになってくれそうな人はいない…

このままでは、スズキくんの命が危ない…




僕は、静かに動きだし
ブルヴァリンに気づかれずに歩く時みたいに息を殺して風景に同化しながら
強盗に近づいた。


トカゲが茂みで歩くだけで反応するブルヴァリンですら気づくことができない僕の同化能力だ。


視界が悪い覆面をしている強盗が気づけるわけがない。



そして、強盗の目の前まで行き

「おー!久しぶりだな。
ずいぶんと大きくなったんじゃないか?」と

甥っ子を目の前にした時のように話しかけた。


「だ、だれだ!?おまえ?」
強盗は僕に銃を向けた。


「お前の遠い親戚だよ。
忘れたのか?お前が赤ん坊の頃オムツ代えてやったんだぞ?」


僕は、どこの家族にもいそうな
影の薄い謎の叔父さんのような顔つきをした。


「…!?」


強盗は良い子なのかもしれない。

こんな状況にも関わらず
もし本当に親戚の叔父さんだった場合
失礼がないようにと一生懸命思い出そうとしている。




その隙をみて
僕は咄嗟に強盗から銃を奪った。


「…あ!な、なにしやがる!」

強盗が殴りかかってきた。


僕は上司から100万回も聞いた話を思い出した。


殴りかかってきたからよぉ。
こう捌いて。

こう後ろに回り込んで。


こうやってコブラツイストしてやったんだよぉ。


僕は無意識にやったこともない
コブラツイストを強盗にかけていた。


たまには、上司の武勇伝も役に立つんだな。




強盗が苦しそうに動けなくなった瞬間、
警察が突撃してきて取り押さえてくれた。




みんなが僕に注目した。




たくさんの人が感謝してくれた。



スズキくんが救急隊員の人に連れていかれながら、僕に「先輩さすがです!」と言ってキラキラした瞳で親指を突き立ててくれた。






僕が銀行を出ようとすると
開かなかった自動ドアが当たり前のように開いてくれた。




外に出ると
テレビの報道陣が僕を一気に囲んで
インタビューしてきた。




たくさんのカメラやライトが僕に向かう。




僕は、この瞬間
子どもの頃に憧れていたテレビの中のヒーローに自分がなっていることに気づいて
嬉しくて嬉しくてたまらなくなり
憧れだったヒーローと同じポーズをきめてみせた。











テレビの取材などで夜遅くに帰ると
部屋で母がテレビをボーッと見ていた。


ニュースで今日の僕のインタビュー映像が流れると母はいつもの優しかった笑顔に戻って「タケちゃんだ!」と呟いた。












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