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【2分小説】弟が落武者を拾ってきた


ある日、弟が落武者を拾ってきた。


絵に描いたように
頭のてっぺんがツルツルで
サイドだけ長髪頭、そしてわかりやすいぐらいにボロボロの鎧を身に付けていた。


「あんた、なにそれ?」


「昨日の夜、裏山に雷落ちたでしょ?
だから、見に行ったら土の中で顔だけ出てて可哀想だから拾ってきた」


「変なもの拾ってくるんじゃない!
返してきなさい!」


私が弟に怒鳴ると
落武者は、ビクビクと内股で足を震わせて
弟の後ろに隠れて
怯えた表情で、こちらを見てきた。


…なんじゃこいつ、ムカつくな!


「ねぇ、お姉ちゃん。飼っちゃいけないかなぁ?」


「ダメに決まってるでしょ!
パパとママにに怒られるよ!
だいたい、人間は飼う飼わないじゃないの。」


8歳も離れた弟の面倒を見るのは大変だ。

「人間じゃないよ!犬だよ!
スヌーピーだよ!」


落武者は必死に子犬のような目で頭をコクコクと頷いている。


「たしかに、スヌーピーみたいな頭だけど…とにかく絶対ダメ!

っていうか、あんたも何か喋りなさいよ!」


私が再び怒鳴りつくと
落武者はビクッと驚いて、首を勢いよく横に振った。


「…え?あんた喋れないの?」

落武者は首を縦に振る。


弟が「ね?可哀想でしょ?」とまっすぐな目をして私に問いかけてくる。


「あーもう!わかったよ!
でも家にはパパとママがいるから連れていけないから、婆ちゃん家の使ってない小屋で一旦匿うことにしよう」


「やったー!」と弟と落武者が
ピョンピョンと跳び跳ねて喜んだ。





なんなのー…

どう見ても現代の人じゃないよね?

タイムスリップってやつ?

落武者ってことは戦国時代の人?

どうしてこの時代に?

昨日の雷で、なんか時空の歪みだかなんちゃらが生じたの?

そして、なんで地面から顔だけ出してたの?

落武者が喋れないから何もかも謎のままじゃない!

無駄にキンモクセイの良い香りがこいつの体からしてくるのが腹立つ。

汚い格好してるんだから臭い匂いしてないさいよ!

とにかく、元の時代に帰してあげる方法を探さないと…





私の心配をよそに
落武者は弟から「ピーちゃん」と名前を付けられて喜んでいた。









しばらく落武者を小屋に隠しながら
食べ物や生活に必要なものを支給する日々が続いた。


弟は小学校に上がったばかりで
友達ができなかったので
初めての友達ができたと大喜びだった。


好きで集めてたアニメのカードを自慢したり、カードバトルをしたりしていた。

落武者は真剣に弟の話を聞いて
一生懸命にカードバトルのルールを覚えていた。


カード遊びを終えたら
今度は落武者が弟に竹馬を教えた。

落武者は運動が苦手な弟に優しく身振り手振りを使ってレクチャーしていた。

弟は全く竹馬に乗れなかったけど
落武者は何度も何度も優しく教えていた。


最初は怪しい奴だと
疑っていた私だけど、日に日に落武者を信頼するようになっていった。



私は弟と落武者を2人っきりにして
元の時代に帰す方法を探すのに集中していた。






しかし、そんなある日
突然「ぎゃーーー!!!」と弟の叫び声が聞こえた。

私は後悔した。

やっぱりあいつは変態コスプレ野郎だったんだ。

キンモクセイの良い香りに騙されるところだった。

…弟を傷つけたら許さん!

血眼になって弟と落武者の所へ駆け寄ると
弟が頭を抱えて倒れていた。

「おいこの!ハゲ頭!
弟になにしやがった!!」

落武者の胸ぐらを掴んで怒鳴り付けた。



ブルブルと怯える落武者とぶちギレた私の間に、弟が慌てて割って入って止めた。

「お姉ちゃん!違うんだ!
カードバトルしてて初めてピーちゃんに僕が負けたんだ!」



「え?そうなの?」

私は落武者を離した。
落武者は腰を抜かして涙目になっていた。


「僕はピーちゃんに負けるわけないと
スーパーウルトラレアカードを賭けて戦ったんだけど、見事に負けちゃって。

仕方なくピーちゃんに僕の大切なカードをあげることにしたんだ」

「え?あんたがあんなに大切にしていのにいいの?」

弟はスーパーウルトラレアカードを
いつも大切にしてて、カードが劣化したりしないようにガラスケースに入れたりして保管していた。

「いいんだ。友達同士の約束だからね!」

落武者は、ニコニコした顔で
弟から貰ったカードを大切に持っていた。

弟にカードバトルで勝つために
相当努力したのだろう。


私はピーちゃんに謝って
それからは、私を含めて3人で遊ぶことも増えていった。

カードバトルは私が最弱だった。


竹馬競争は私のほうがピーちゃんより少し速かった。


弟に内緒でピーちゃんに恋の相談をしたこともあった。

弟は、ピーちゃんに
「ずっとここにいてね!
ずっと友達だよ!」と約束をした。

ピーちゃんはニコニコして頷いた。

私はピーちゃんを元の時代に帰す方法を探すのを止めた。






そんな私達の楽しい毎日が過ぎていった頃。

たまたま婆ちゃんが小屋を掃除しにいってピーちゃんが見つかってしまった。

婆ちゃんもピーちゃんも
お互いに腰を抜かしていた。

「おい、なんじゃ!この落武者はー!」

婆ちゃんは目を真ん丸にして叫んだ。

「落武者じゃないよ!スヌーピーだよ!」

弟が弁明する。

「す、すぬぅうぴぃいい???」

婆ちゃんはもっと大きく目を見開いて驚いた。

「あ、あんたは黙ってなさい」

私は婆ちゃんとピーちゃんを落ち着かせて
やむを得ず事情を説明することにした。




「…なるほど。

そういえば、あたしが子供だった頃。
じい様から聞いたことがある。


大昔にあたし達のご先祖様に
怖がりで無口な武士がおったそうな。

その武士は大きな戦があった際、
敵将の目の前まで辿り着いたが
怖じ気ついて首を切らずに逃がしてしまったそうでな。

それで殿様が怒って、
その武士に打ち首を命じたそうだが
その武士は雷とともにどこへか消えてしまったそうじゃ。

殿様は武士が逃げたと大怒りして一族全員打ち首だなんて言い出したそうな。

そんな中、また大きな雷が鳴って
震える足で武士が突然どこからか現れ、
自分の命と引き換えに一族を守ってくれた、と代々あたしらの家系で伝え続けられておる」


「…え、っていうことは
ピーちゃんが元の時代に戻らないと私も婆ちゃんも弟もみんな…」


「そうじゃな、この世に存在しなかったことになる…」


私も婆ちゃんも何も言えなくなった。

ピーちゃんはうつ向いて、じっと何かを考えているようだった。


「ねぇ、どういうこと?

ばぁば、お姉ちゃん。教えてよ。

…ねぇ、なんで黙ってるの?

ピーちゃんは、ずっと僕の友達でいてくれるんだよね?


ねぇ。ピーちゃん!


誰か何か言ってよ…」


幼い弟には婆ちゃんの話が理解できないようだった。

ピーちゃんは弟の頭を
震える手でポンポンと優しく叩いて無理して笑った。

空を見上げると真っ黒な雲が
こちらに近づいてきてポツポツと雨が降り始めた。


弟は理解できないなりに
何かを察したようで目に涙を溜めて
ピーちゃんの背中に抱きついた。

「ピーちゃん…どこにも行かないでよ…」

弟は必死に訴えるが
ピーちゃんは弟を離して
裏山に向かって歩き始めた。

「ピーちゃん、今日カードバトルする約束したじゃん…!
次は絶対に負けないからさ!
行かないでよ!」



ピーちゃんは、振り向かなかった。



「ピーちゃん!ほら見てよ!
竹馬乗れるようになったよ!

…見てってば!」



ピーちゃんは拳をグッと握りしめて振り向かずに歩き続けた。



「ねぇ!ピーちゃん!

ピー…

うあっ!!」



弟は竹馬にヘタクソに乗りながら
ピーちゃんを追いかけようとして転んだ。

私と婆ちゃんが弟に駆けつけたけど
ピーちゃんは心配そうに一瞬立ち止まっただけで、そのまま振り向くことなく裏山に入っていた。


雨がどんどん強くなって
弟は泥だらけになってピーちゃんを呼び続けた。





でも、ピーちゃんは
裏山に入ったまま帰ってこなかった。



大きな雷が裏山に落ちて
どす黒い雲は通りすぎ空は嘘みたいに晴れた。









ピーちゃんは、それから私達のもとに現れることはなくなった。





弟は、もういるはずがないピーちゃんを裏山に何度も何度も探しに行った。


ピーちゃんは元の時代に戻って
私達を守ってくれたんだと説明してもわかってくれなかった。

「また地面に埋まってるかもしれない」と泥だらけになって穴を毎日毎日掘り続けた。



無心で穴を掘る弟が心配で
気の済むまでやらせてあげようと私も穴掘りを手伝うようになった。





すると、錆びて古ぼけた小さな箱が見つかった。


開けてみると、
弟がピーちゃんに渡した
スーパーウルトラレアカードが入っていた。



ピーちゃんが元の時代で入れたんだ…




弟は泣きながらカードを掴んで
裏面を見ると










「ずっと友達」


と書かれていた。




泣きじゃくる弟を抱きしめて
私も大泣きした。



ピーちゃんとの思い出が走馬灯のように
頭を駆け巡って、
とっても怖がりだったけど
誰よりも優しかったご先祖様の勇気に感謝した。




「…お姉ちゃん

ピーちゃん元気にしてるかなぁ…?」


「…うん、
きっと空の上でニコニコしながら
いつまでも私達を見守ってくれてるよ」



その瞬間、優しい風が吹いて
キンモクセイの香りが少しした気がした。





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