【展示レポート】 細見美術館 「集う人々 描かれた江戸のおしゃれ」展

今日は友人Kさんのご好意で、細見美術館で開催中の「集う人々 描かれた江戸のおしゃれ」展を鑑賞しました。
細見美術館は京都の岡崎、平安神宮やロームシアターのすぐそばにある私設美術館。明治生まれの実業家、細見良に始まる同家三代に渡るコレクションが基礎となり、日本の美術工芸のほとんどの時代と分野を網羅しています。本展も同館の所蔵品をベースに企画され、洛中や洛外を描いた屏風や風俗画などから江戸のファッションを読みとっていきます。
自分なりにあれこれ思い巡らせて鑑賞した、一鑑賞者の自由な展覧会レポートです。


「第1章 名所に集う人々」で我々を楽しませてくれるのは、京都や奈良、江戸の街を描いた屏風。街を俯瞰したような構図で、辺りに漂う金の雲の合間から、様々な名所やそこに集う人が描かれている。私は高校の頃、日本史の図録で人々の風俗が細々と描かれているのをぼんやり眺めているのが好きだった。一遍聖絵の異時同図法、応仁の乱を描いた場面に登場する足軽の、ずるがしこそうな表情と軽快な足取りetc…

話は少し飛ぶが、ある時、「うる星やつら」や「らんま1/2」の漫画家、高橋留美子の原画展に行った。どの生原稿も素晴らしかったが、一点、私の目を釘付けしたイラストがあった。それは、満開の桜の下で、やや三頭身気味にデフォルメされた「めぞん一刻」のキャラクター達が宴会をしているイラストだった。シートが何枚か敷かれいくつかのグループに分かれており、もくもくと弁当を食べる者、陽気に踊っている者、一人で出来上がっている者などが実に生き生きと描かれている。単純化して描かれた桜の表現も素晴らしいし、ギャクよりのタッチでさっと書かれているのに、一人一人の表情は秀逸、しかも作中の人間関係(誰が誰を好きで、ライバル関係かなど)までもが、作品を知らない者にも伝わってくる。雑誌連載時のカラー表紙に使われたと解説されていたように思うが、サイクルの早い、使い捨てのような商業誌の表紙で、ものすごく時間をかけたようには見えないけれど、見れば見るほどよく描かれているなあ、と感心させられたのだった。それ以来、昔の風俗画を見るたびに、ああ、この絵も当時の高橋留美子みたいな腕のある人が書いたのかな、と想像し、歴史の資料や美術品が少し身近に感じられる。

この展示でも、屏風の中に描かれる一人一人の表情や、シンプルな線で表現された衣装のひだや、各々の動作を面白く眺めた。無限に人がいるので、全部丹念に見るのは無理でも、山で遊山している人々、大仏へお参りにきた人々、能楽堂に集っている見物人(踊念仏かと思ったが違うようだ)、通りで世間話している人たちなどからそれぞれの声が聞こえてくるような気がした。どの時代にも、絵が上手い人がいるんだなあ、と思うと何だか楽しくなる。


「第2章 男の出で立ち、女の着こなし」では、人物を描いた屏風のほか、抱一、北斎の肉筆画も展示されている。人物を描いた屏風では、衣装の描写も細かい。西洋の肖像画などを見ると「こんなレースよく描いたなあ」と途方もないような気持ちになるが、こちらも着物の柄が細密に描かれている。私は普段全く着物に縁がないが、こうして見ると「着物は重ね着なのだあ」と今更ながら思う。一番外に見えている部分の色や柄だけでなく、裾や襟から少し覗いているその少しの部分がセンスを決めるのだ、と思いあたった。今こうして書いてみて、和装に関する語彙の少なさなに改めて恥ずかしくなるが、色や模様の細かい描写があったからこそ、こうした発見もあったのだ。江戸時代の細かい描写が得意な人(絵師)、どうもありがとう。

北斎の肉筆画は、柳の下で客引きをする夜鷹(高級でない娼婦)を描いた淡彩だった。また漫画の話になってしまうが、奇才・北斎とその娘のお栄を描いた「百日紅」(杉浦日向子著)が大好きなので、いつも散らかった長屋で紙屑に埋れながら描いている北斎の、ぼさぼさ髪を思い浮かべながら、青がかった灰で描かれた、鋭利なタッチの柳に見惚れていた。画面上方で小さく遠ざかっていく二羽のこうもりも、ほとんど筆の割れ目だけで描いたように見え、でもちゃんとこうもりに見えるので見入ってしまった。夜鷹というのは、外で客引きを行う身分の低い街商で、しかし北斎は一種の気概をもった女としてを描いている、と解説にはあった。なるほど、後ろ姿で描かれた女は高い下駄をはき、だらしなくはだけている着物の裾は、黒いドレスのスリットのようだ。でもよくよく考えると北斎はドレスのことなんか知らないわけで、一流の勘所かしら、と思う。


「第3章 時世粧」で展示されている、山東京伝が序文を書き、歌川豊国が描いたとされる「江戸風俗図巻」もこれまた漫画のようで面白かった。江戸の人々を階級や職業で類型化し、彼らのファッションをその表情や立ち振る舞いと共に描いている。いいとこの坊ちゃん、上京してきた飯炊き、江戸のガテン系、かぐや姫のように育てられたお嬢様、下働きの娘、町娘、深川の遊女、ここでもまた夜鷹etc…いつの時代にも人間観察が好きな人がいるものだ。現代より社会階層がはっきりしていて辛いなあ、と今の目線で思うが、どの階層の人々もそれぞれの着こなしを楽しんでいる。やはりここでも、重ね着命だなあと思い、それぞれの丈感と共に生地の層が細かく書き分けられている。少し前に、フランスの服飾史におけるジャポニズムの影響というテーマの講演会の通訳をしたのだが、その中で1890年にパリで浮世絵の展覧会があり、当時のデザイナー達は浮世絵に描かれた布の落ち感などを研究し、ドレスのデザインの参考にしたとあった。なるほど、遊女の裾の長い着物の足元のひだなどは、優雅なドレスに通じるものがある。小説などでも、戦前までが舞台のものは、着物の描写が実に細かい。日常から着物を手放してしまったことで、失った美的感覚は大きいなあ、といつも思ってしまう。

そんなわけで、好き勝手な目線で楽しんだ展覧会レポートはこれにて終了です。会期は2021年8月15日(日)までです。みなさん、ぜひ足を運んでみてください!

細美美術館HP:http://www.emuseum.or.jp/exhibition/ex072/index.html



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