用事が無くても行けた眼鏡屋さんの話

視力が悪い。子供の頃はなんとなく裸眼で頑張っていたのだが、高1の冬くらいに眼鏡をかけ始めてから、裸眼には戻れなくなってしまった。現在の視力は0.1以下なので、もう眼鏡が無ければ生きていけない。


新潟から東京に戻ってきた年の冬、日本一巨大なイオンモールと名高い、越谷レイクタウンのとある眼鏡屋さんに入った。業界では結構有名なのではないだろうか。若干値は張るが質が良く、おしゃれなものがたくさんある。
そこでたまたま接客いただいたおねーさんが綺麗な方で、お、ラッキー、と調子に乗ってしまい、あれよあれよという間にその場で2つ選んでしまった。


その頃、ジョゼフ・ゴードン=レヴィットが主演を務める「500日のサマー」という映画にえらはまりし、彼の新作主演映画を観る合間の時間に立ち寄った形になっていたため、少し時間がおしていた私は、映画の上映までにこの眼鏡2つを仕上げて欲しい、なんとか出来ませんか、と無理を申し上げた。
露骨に嫌そうな反応をされた。たぶん1時間も無かったと思う。リピーターならまだしも、初めて来た客に映画の時間があるから急げと言われても困るだろう。しかしそのおねーさんはさらっとやってのけた。


それからその眼鏡屋さんと、おねーさんとの付き合いが始まった。


相当に癖がある方で、趣味や昔話の内容はどれも破天荒でぶっ飛んでいた。一方で妙に落ち着いており、見た目は若いが接客する様は実にしっかりしている。年齢を聞いた当時は20代前半だった。自分とは6つ7つ離れていたことになるが、紆余曲折を経たその人生経験から放たれる雰囲気は、年齢差を全く感じさせなかった。


ベースは破天荒でぶっ飛んでいたが、眼鏡の事に関しては本当に真剣で頼りになった。眼鏡について分からないことは何でも聞いたし、何でも教えてくれた。やりたい事が無いからサラリーマンをやっている私にとって、眼鏡のことになると真剣に向き合い、活き活きと話すその姿を尊敬した。


特に用事も無いのにお店に行くことも結構あった。レイクタウンのテナントなので、買い物ついでにふらっと寄れる。目的が無くても顔を出せる場所が出来たことを嬉しく思っていた。行かない時期が続くと、何やってんの、とお店から電話をくれたりする。メンテナンスの必要も無い時期に何やってんのと言われても困る。
奇妙な距離感で、あくまで店頭でのやりとりだけに終始していたが、その距離感に心地良さを感じていた。近しい人に話せない内容を話しに行ったりもした。近しすぎない人に埋めてもらえる部分があることを知った。


2017年の夏、新婦の実家まで挨拶に行く時用のイケてる眼鏡が欲しいねん、と話す職場の同期を連れてお店へ行き、一緒に選んだものをプレゼントした。
大変喜んでくれていた。披露宴にもその眼鏡をつけていた彼を見て自分も嬉しくなったし、自分らしからぬ粋なことをしたなと思えた。onikuが結婚する時は僕がプレゼントするわ、と言ってくれたが、私の結婚の予定はまだ一切無い。
他にも、当時付き合っていた彼女を連れて行って誕生日プレゼントにしたり、眼鏡新調したいんだよねーと言っている職場の先輩を紹介したりと、面白いかもなーと思いついたことを共有出来るような存在になっていた。


ある日、いつものように突然電話があり、ご結婚かつご懐妊ということで休職されるとのお話を聞いた。驚いたが、まあおねーさんのことやし何でもありやな、おめでとうございます、と素直に言えた。
しばらくお店に居るとのことだったので、休職されるまでに一度行こうと思って後回しにしていたら、結局それっきりになってしまった。
もう4年近く経つ。休職と言っていたが、復帰されているかどうかもわからない。東京から京都にUターン、そして帯広に移住した今、もう会うことは無いんだろうなあと思う。


駅前や繁華街にあるその眼鏡屋さんを見る度に、おねーさんのことを思い出す。


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