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#2 はじめて命を奪った日のことを思い出す。

車に乗せてもらって約20分。
目的地周辺についたらしく、車を出るように指示された。


一面落ち葉と杉の幹しかない場所だった。かろうじて軽自動車が通れる広さの道を通ってきたのはわかっていたけど、予想以上に心もとない(物理的に)道程だったことがわかる。当然のように舗装はされてない。その時すでに住んでいる市街地のアスファルトにちょっとしたノスタルジーすら感じていた。


森林、という言葉が間違ってはいないけど個人的にあまりしっくりこない風景。緑にあふれた場所ではなく基本的に視界が茶色なので枯れ山って感じ。まあ冬の山なので当然なんだけど。吐息だけ真っ白。


落ち葉が一面に厚く積もっているので、踏みしめるたびレジ袋をクシャるのに似た音がする。


地図も見ていないので正確な位置はわからないけど、少なくとも畝を1つか2つ越えた場所のようだ。斜面の下のほうを俯瞰しても住居とかなんも見えん。


久々に肌で感じるナマの自然なのできょろきょろしながら堪能していると、あくまで日常のルーティンでしかない師匠たちは木々の奥のほうにずんずん進んでいく。とりあえず後ろについていく。傾斜を一つ越えると、そこに真っ黒なハコ罠があった。


古くて錆ついているけど、つくりはしっかりしている。高さは成人男性の胸あたりで、広さはシングルベッドくらいの縦長。屋根と縦格子からなる、イメージしやすい『檻』だ。


遠目から『これもナマでは初めて見たな』と思っていると、檻がわずかにカシャンと揺れた。


いる。


そういえば、師匠はあらかじめ獲物がとれていたから今日を選んで僕を見学させてくれていたことを今更思い出す。もうそこに獲物はいるのだ。


近寄ると、格子の隙間から身軽に動き回る若いイノシシがはっきり見えるようになった。チワワより一回り大きい、へたに保護欲をそそられてしまうサイズだった。


狭い檻の中での動きを見ても、市街地に棲む動物には見られない俊敏さがあることが分かった。常に野を駆けているために、一歩目からそれなりのスピードを出す瞬発力が備わっている。


猪突猛進という言葉もあるように、イノシシは頭からぶつかりに行く。僕たちがハコ罠に近づく側とは逆方向に、その瞬発力で小さい体を格子にぶつけている。


とらえた命をこの後どうするのかわかっているだけに、精神的な負担が大きい光景だった。


僕が状況を把握している間、師匠と先輩はてきぱきと準備を始めている。
僕の伸長ほどもある長さの簡易的な槍がバサッと落ち葉の上におかれた。
『そのへんの木の枝を拾って』
先輩が指示を出してくれた。ただ、棒といっても具体性がないとどんな棒ならいいのかわからない。せめて用途さえわかれば、と思っていると、先輩がさっさと目的にふさわしいらしい木の棒を見つけて拾ってしまった。30㎝くらいのそれなりに太い棒。先輩はそれに、先のほうにわっかを作った2mくらいの太いワイヤーをぐるぐる巻きつける。このあたりで、さすがに僕にも用途がぴんとくる。


先輩が格子の隙間からワイヤーを中に入れ、わっかが地面に広がるように垂らす。そのあと、逆端のワイヤーを巻き付けた木の棒を握る。


準備ができたようなので、僕と師匠は設置されたワイヤーのわっかとは逆側の格子をたたく。巨体ならまだしも若くてまだ発達しきっていない体では、敵すべてに突進すると分が悪い。だから、イノシシは僕らから距離をとろうとして、ハコの反対側へじりじりと寄った。


前脚がわっかの中に入る寸前、
先輩がワイヤーを一気に引っ張った。


瞬間、前脚がわっかに縛られ、強い力で引っ張られる。
個体は必死で抵抗している。先輩は上体がのけぞるくらいの力で木の棒を引っ張り続ける。ワイヤーは檻の格子の上側に滑車の要領でひっかけられているため、縛られた前脚が一気に上側に持ち上げられ、イノシシの毛の白い下腹部が格子に密着した。残酷な言い方をすると心臓の防御が最も薄い部分だが、獲物をいちばん楽に死なせてやれる箇所でもある。


『持ってて。思いっきり』
先輩が木の棒をバトンタッチしてくる。
代わりに、先輩は落ち葉においてあった槍を手に取る。
『ワイヤーの部分を握らないで。掌ずる剥けるよ』


イノシシがヒイイイイと聞いたことのない叫びをあげる。身体を持ち上げられているためうまく力がためられないのか、鳴き声にならない部分が激しい鼻息として抜けている感じだった。必死に抵抗しているけど、若い個体なので僕のような初心者でも力負けはしなかった。


先輩は手早くイノシシの胸に槍を突き立てた。

(つづく)

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