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はじめて命を奪った日のことを思い出す。

狩猟免許をとったのが去年の12月のこと。
それから何回か猟に行くこともあったが、なんといっても最初の猟でまさに命を奪うときの衝撃はいまだに覚えているので、今回はそのことについて書きたいと思う。


時系列は取得直後の12月にさかのぼる。





狩猟免許取得を伝えられた直後、同じ試験で受かった仲間から衝撃的なことを告げられることになる。


どうやら、かなり熱心に取り組んだとしても新米の猟師がちゃんと獲物をとれるようになるには大体5年の歳月を費やさなければならないのだとか。それよりもはやく、ましてや初年度から獲物をとれる人間などほとんどいないのだという。


身の程知らずにも『冗談じゃない』と思った。
こちとら自分で捕ったお肉を一刻も早く食べてみたいというのに。


とりあえず罠を買って近くの山に仕掛けてみようかとも思ったが、思いのほか障害が多いことに気づかされる。なんでも、その辺の山には猟友会の支部ごとに縄張りが決まっているという。当然猟師歴1週間の僕が罠なんかしかけたら何かしらのいざこざが起こることは必至だろう。


旧体制の融通の利かなさったらないな、と思いつつ、僕は策を練ることにした。まずはおとなしくベテランの猟師さんにひっついて猟を体験させてもらうのだ。そうすれば縄張り問題や経験不足の壁は難なく乗り越えられる。なんならお肉も分けてもらえるかもしれない。自分はもしかしてかなり頭がいいんじゃないかと思いつつ、住所の管轄の猟友会支部の会長に連絡してみた(つてをたどって、免許取得のための初心者講習会のときからなんとか仲良くなって名刺は手に入れていた。会長さんめっちゃいい人)。


何度かの話し合いを経て、僕の住所の近くのベテラン猟師さんのお弟子さんを紹介してくれた。本当にありがたい。僕と同じ大学、学部のいくつか上の学年であるらしいその人に電話をつないでくれて、後日カフェで詳しくお話を伺わせてもらえることになった、というところまではスムーズに話が進んだ。





待ち合わせの日の前日にちょっとした急展開が起こった。翌日の昼にカフェで落ち合うはずだった約束だったが、急に待ち合わせを早朝の大学の門の前にしないかと、その先輩から連絡があったのだ。


は?と思ったが、理由を聞いてみるとその人の師匠が仕掛けたハコ罠(檻みたいな見た目の罠)に獲物がかかっているので、一緒に狩猟を手伝ってくれないか、という話だった。僕みたいな経験ゼロのペーペーにも『手伝ってくれないか』という言葉を選ぶあたり、兄弟子(勝手に弟弟子気取り)の人柄の良さがにじみ出ている。二つ返事で了承した。


猟をする、となれば、それすなわち『命を奪う』ということだ。連絡を受けたのが夕方のことだったので、それから数時間後に就寝して起きたらすぐにだ。急に背筋がぞわっとした。
え?まじで明日なの?って感じ。イメージが追い付かない。落ち着かなかったけど、普段は飲まない酒を飲んでいつもより3時間くらい早く寝たのを覚えている。





翌日。大学の門の前で先輩と待ち合わせた。軽く自己紹介をして、その人の案内に従って一緒に自転車を走らせた。


電話でしか話したことのない先輩は、声のイメージの通りクールで職人気質な感じ。あとで僕が所属しているコミュニティにいるその人の知り合いに聞くと、とらえた獲物の骨を利用して標本を作ったりしているらしい。今思うと初対面の時からまじでイメージにピッタリだ。


2人で自転車を走らせて10分程度。その人のお師匠さんのお宅に到着。電話でもやり取りしたことのないので、かなり緊張した。気難しい人だったらどうしようと思いながら、70歳くらいに見える男性の師匠になるべく礼儀正しく挨拶をしようと気を引き締めた。握手ができる距離まで近づいて、お辞儀をしようとすると、


『何を突っ立っとんねん、早く車に乗らんかい』
言葉のわりに優しい口調で支持された。


気づけば車の後部座席に乗せられていた。というか、座席ですらなかった。中型車の運転席と助手席を除いた座席が取り払われている車両だったので、飛び入り参加の門本少年は鍬やら猟で使うばね式のくくり罠が乱雑に積まれたスペースに、ちょうど和式便所を使うときのようにギチッと押し込まれた。


まだ僕は名乗ってない。
師匠の名前も把握していない。
そもそも車両に乗せられることも事前に説明されてない。
なんかもう色々突然だった。なんだこれ。


猟師という情報以外まったく知らない誰かに、後部座席に乗せられてどこかへ連れられて行く。近くの山のふもとに行くのか、と意図に気づいた時には、車両はだいぶ塗装の怪しい林道を走っていた。車体が不規則なリズムと強度で揺れる。僕の尻の直下にある鍬の位置を発射前に変えておかなかったのはわりと重大なミスだったと後悔した。


僕の都合などお構いなしに道はうねる。
まだ朝の六時台。

(つづく)

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