共働きは年金で損をするのか?
トシ(30歳の会社員):やあ博士、タイムマシンの調子はどう?今日はカミさんと一緒に遊びにきたよ。
妻:サヤカと申します。いつもトシがお世話になっています。
博士:おお、トシ久しぶりだな。サヤカさんも初めまして。こんな綺麗な奥様だったらもっと早く紹介してくれればいいものを。
トシ:ところで、うちは共働きなんだけど「共働き世帯は片働き世帯より年金で損をする」みたいな記事があったりしてさ、これって本当なのかな。
サヤカ:二人で頑張って働いて、今後子供が産まれても働きつづけるつもりなんですけど、もし専業主婦のほうが優遇されるのなら、共働きの我々にとって報われない話じゃないですか!
博士:まあまあ、まずはお茶でも飲んで。昨日お土産でもらった阿闍梨餅もあるぞ。
年金給付額は「一人当たりの賃金」で決まる
博士:さあ、お茶とお菓子で落ち着いたかな。それでは結論から言うぞ。「共働き」「片働き」さらに「独身」も含め、どの「世帯類型」であっても「一人あたりの賃金」が同じなら「年金保険料」「年金給付額」も同じなんじゃ。よって「共働き」自体が不利になることはない。
※図表:資料1「2019年財政検証関連資料(厚労省)」のp13より
サヤカ:そうなんですね。ちょっと安心しました。
トシ:じゃあ、共働きが不利だっていう報道は何を根拠にしているのかな。
博士:ちょっと古いデータだが以下将来イメージの「所得代替率※」などがその根拠になっとるんじゃないかな。
※所得代替率:年金受取開始時(65歳)の「年金額」が、「現役世代手取収入」の何割かを示すもの
※図表:資料2 権丈善一著『年金、民主主義、経済学』 (2015) p98より
トシ:「所得代替率」は「片働き世帯」より「共働き世帯」のほうが10ポイントも低いよね。これってどうしてなの。
博士:なぜだと思う。ちょっと自分で考えてみたらどうじゃ。
トシ:えっと、、、この将来イメージでは「片働き世帯」より「共働き世帯」の「賃金」が高いよね。これが原因かなあ。
サヤカ:でもなぜ「賃金」が高いと「所得代替率」が低くなるの?
博士:それは社会保障である厚生年金保険の制度設計として、収入の多い人から少ない人への「所得再分配」が行われているからじゃよ。
サヤカ:あっそうか、そこが普通の金融商品との違いよね。注意しなきゃ。
博士:つまり「世帯類型」の違いではなく、この将来イメージでは単純に共働き世帯の「賃金」が高いから「所得代替率」が低いだけのことなんじゃ。「共働きが不利」なんぞ全く的外れな指摘だ。
トシ:安心したよ。これで心おきなく共働きで頑張れるね。
サヤカ:家事や子育てもしっかり話し合って役割分担しないとね!
第三号被保険者はトクをしている?
トシ:でも博士、報道では専業主婦世帯を「モデル世帯」とか言ってるけど、いまや時代遅れじゃないかなあ。
博士:今は厚労省も「モデル世帯」ではなく「標準世帯」と言っているようじゃな。これは過去と同条件で比較できるよう「指標」として残しているだけじゃ。その「標準世帯」の年金を「標準年金(モデル年金)」と呼んでいるが、直近では「賃金44万円(2019年度厚生年金保険の現役男子平均)の片働き世帯」をベースにしている。そしてこれは「一人当たり賃金22万円の共働き世帯」と同じだ。必要ならそう読み替えればいいだけで、大騒ぎするハナシではなかろう。
サヤカ:でも、第三号被保険者である片働き世帯の妻(※サヤカ注:専業主夫は2%しかいないので、以下「妻」に統一させてね!)が、個別には保険料を負担せずに年金を受け取る事が出来るのはなぜかしら。これってトクしているように思えるんだけど。
博士:それは第三号被保険者の制度が出来た経緯を知らないと、理解するのは難しいかも知れんな。
トシ:では博士、タイムマシンで過去にさかのぼって見に行こうよ!
博士:おいおい、タイムマシンは君のおもちゃじゃないんだぞ。でも昨秋に修理してからしばらく使っていないから、試運転するのも悪くないか。じゃあ、サヤカさんも一緒に乗って、、、出発!
博士:さあ、1984年の2月24日についたぞ。
トシ:1984年だって?ファミコンを買って持ち帰れば高く売りさばけるかな。
サヤカ:わあ、みんな眉毛太く描いちゃって、、。DCブランドが流行っているみたいね。
博士:おいおい、あまりよそ見するなよ。スマホがない時代だからはぐれると大変なことになるぞ。
サヤカ:はぐれたら渋谷駅の掲示板を使ったりして。昔のドラマみたいね。
博士:さあ、1985年度年金制度改革の閣議決定がまさに行われるところじゃ。基礎年金の創設じゃ。
トシ:基礎年金?国民皆年金って1961年に実現していたんじゃないの?
博士:そうなんじゃが、厚生年金保険で専業主婦がいる世帯は「夫の年金で夫婦の生活は維持できるだろう」という前提で、夫が中心の世帯単位の扱いだったんじゃ。
サヤカ:じゃあ離婚した場合はどうなっていたの?
博士:国民年金に任意加入していなかったら、妻は無年金となったんじゃ。
サヤカ:ええーっ!それは大問題ね。
博士:さらに被用者(サラリーマンなど)が増えていく中、国民年金は「受給者増・費用負担者減」でバランスが崩れるのが見えていたんじゃな。
トシ:そこで厚生年金保険にも共通の「基礎年金」を創設して、全国民で支える方法にしたのか。大改革だったんだね。
博士:おお、たった今閣議決定したぞ。厚生年金保険の「片働き世帯」は夫婦で基礎年金を分け合う一方、「単身世帯」の基礎年金を半分にすることにより、一人当たりの年金という視点でバランスを取ったんじゃな。
図表:資料1 p13を元に筆者作成(加給年金は考慮していない)
トシ:一人あたりの観点からは、単身者は定額部分が二倍だったんだ。その是正も目的の一つだったんだね。知らなかったよ。
サヤカ:この時は、第三号被保険者が保険料なしで不公平だと見られていなかったのですか。
博士:妻を基礎年金に強制加入させる際、多くの人の理解を得るために「健康保険」と同じように「家族単位でフォローする」方式を取ったとワシは理解しているがな。それともう一つ、同じ頃に男女雇用機会均等法を準備中だったから、第三号被保険者は繋ぎの「一時的な制度」になるだろうと踏んで、不公平感のノイズはいずれ無くなるという割り切りもあったようじゃな。
トシ:なるほど。そして今や第三号被保険者はピーク時から三割近く減っているしね。これからもっと減っていくんだろうなあ。
サヤカ:でも1984年の街中を見ると専業主婦がいっぱいいて、小さい子供達も楽しそうだわ。この時代にはこの世帯類型がマッチしていたのかもね。時代の雰囲気だけでも感じられてよかったわ。博士、ありがとう。
トシ:じゃあそろそろファミコンを買いにいこうかな、、。現金もいくらか持っているし。
博士:やめとけ、この時代の一万円札は聖徳太子だぞ。さあ、タイムマシンで現代に戻るぞ。
生涯賃金を増やす共働き夫婦の未来は明るい
トシ:世帯収入が同額なら、共働きの方が片働きより所得税や住民税が相対的に低くなるし、世帯収入が増えれば将来の受取年金額も多くなるよね。そして長く働いて保険料も長く納め、繰下げ受給にすれば老後の不安も小さくなるのかな。
サヤカ:もちろん共働きは大変な面もいっぱいあるけど、私たちは満足感を持って正社員で働きつづけたいわ。でも問題は一旦会社を辞めると非正規社員になる可能性も高いというこの現状よね。短時間勤務だと厚生年金保険から外れたり、不利な事も多いし。
トシ:そうだね。短時間勤務者や非正規社員にも漏れなく厚生年金保険を適用していかないと、将来の老後格差が拡大するだろうし。これからはしっかり女性、高齢者も働きやすい環境を整えていく事が重要だな。
サヤカ:無理をし過ぎずに共働きで生涯賃金を積み上げていけば、未来は明るそうね。
博士:うむうむ、夫婦仲良く長生きして頑張ってくれよな。(万が一離婚した場合の年金の分割は、、まあいいか、それは別の機会に)
※この話はフィクションですが、図表の出所は以下となります。
資料1:2019年8月27日 2019(令和元)年財政検証関連資料4(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000540589.pdf
資料2:権丈善一著『年金、民主主義、経済学』 (2015)
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