「世界からのサプライズ動画」は差別である―――私が"おかしい"と考える理由
プロローグ
最近、「世界からのサプライズ動画」という言葉をよくSNSで耳にするようになりました。
同時に、一部の人たちは薄々違和感を覚えたり、あるいは、そういう人たちの声を聞いたことがあるのではないでしょうか。
私自身は、明確にあの動画を差別だと考えています。
今回は、そんな「世界からのサプライズ動画」について、差別だと私が考える理由、そして当該動画を巡る不鮮明な部分について挙げていきます。
「世界からのサプライズ動画」とは
「世界からのサプライズ動画」とは、一般社団法人WORLD SMILEという団体が運営しているエンターテインメント事業の一つです。
Twitterの他にYouTubeやTikTokで10万人以上、Instagramでも3万人近いフォロワーがいるようです。
内容としては、基本的に有償で依頼を受け、クライアントが望むメッセージをホワイトボードなどに記入し、それを持った(時には置いたままのことも)ダンサーたちが踊り歌うというものです。
価格は6,000円~7,000円で、記入する内容はクライアントによって様々。
「○○頑張って」「○○、~~しろ」「~~おめでとう」など……応援のメッセージをよく見かけます。
Twitterの紹介文では、ザンビア、マラウイ、ルワンダ、タイ、ウクライナ、エジプト、アラブ首長国連邦の国旗が掲げられており、ダンサーたちの衣装や背景の雰囲気と一致しますので、この国でダンサーを雇っているということでしょうか。
尚、同団体の英語版のSNSアカウントも発見しましたので、僅かながら海外展開もしているようです。
そして恐らく、この話を考える上で重要となるのは、一般社団法人WORLD SMILE(以下、製作元)が「現地への支援」を謳っていることでしょう。
時折SNS投稿でも出てきますが、「支援を届ける」ことを強調し、子どもたちが飲み物を手にしている写真を上げたり、傭兵たちへの雇用創出を目指し、戦争に参加せざるを得ない人を減らすのだと呟いたりしていますね。
ツイート例① ツイート例②
※注意
「世界からのサプライズ動画」については類似のものがいくつか存在しており、Twitterでは四つほどアカウントが引っ掛かりますが、私がお話ししているのはTwitter: @worldsmile_jpn Instagram: @worldsmile_jpn のことです。悪しからず。
※2023年5月24日追記
二宮和也氏が利用されたサービスと、この記事で批判しているサービスは、同名ですが販売元が違います。ただし、サービス内容としては殆ど変わりないため、私は差別としての構造もまた変わらないと考えております。
「世界からのサプライズ動画」はなぜ差別か
前置きはここまでにして、いよいよ「世界からのサプライズ動画(以下、当該動画)」がなぜ差別に当たるのかを解説してまいります。
①人種的ステレオタイプについて
まずは公式サイト(世界からのサプライズ動画(現在999人への無料サプライズ動画実施中) | 一般社団法人WORLD SMILE (world-smile.com))を見てみます。
「ドバイラクダ」「エジプトピラミッド」「ザンビアマッチョ」「タイニューハーフ」など、いくつかのプランが見当たりますね。
ピラミッドであればエジプト、ラクダと言えば砂漠と中東……というように、大抵の人が思いつく、典型的な表現、つまりはステレオタイプです。
ステレオタイプそのものは誰もが持つものであり、これを持っているからと言って即刻、差別とイコールになる訳ではなりませんが、問題はこれをエンターテインメントとして消費する観客がいるということです。
また、こちらは明確に示されてはいないことですが、恐らく演者である現地人たちは、日本語の意味を理解していません。
私は日本語母語話者ですが、数々の動画では読み上げる演者に「日本語が流暢だ」と感じられたことがなく、また日本から遠く離れた国々の人々であれば、日本語を習得する機会、教育などにそう簡単にアクセスできる可能性が高くないためです。また、公式サイトには読み飛ばしや読み間違いがあることを前提とした記述もあります。
およそ日本語を話しそうにないステレオタイプ的外国人が、変わった動きをしながら踊り歌い、ホワイトボードに何度もキスしたり、片言の日本語を話したり。
このような彼らを見世物にして楽しむこと自体、ステレオタイプを無意識のうちに補強し、自らの規範的言動から外れた部外者を笑う振る舞いとなっています。マイクロアグレッションとも言えるでしょう。
もう少し詳しく言えば、製作元がサイトで使用している「アフリカ原始民族ダンス」「部族」という言葉は文脈を鑑みてもかなり危険な表現です。
アフリカ大陸(50以上の国と地域を含みます)をアフリカ一つとして見做して個々の民族の特徴や歴史、文化を奪い取り、「原始的」と見る暴力的なレッテル。私は勝手に社会進化論を想起しました。
「部族(tribe)」という言葉は、かつて差別的な意味合いを含んだことがあったため、やむを得ない場合や、学術的に正当性が認められる文脈以外での使用を推奨されていません。
ちなみに、日本では1970年代にこれと似たことが罷り通っていました。
詳しくは日経新聞が「ハーフ」をテーマに発表したこちらの記事をご参照ください。
②男女の描写差と性について
続いて、ステレオタイプの記事と区切るべきか迷ったのですが、このことについて書いていきます。
実は、今回のウクライナ侵攻が始まる前まで、製作元のホームページには「ウクライナ美女」なるプランがありました。
過去に「スッキリ」というTV番組で紹介された際は、真っ赤なバニーガールの衣装を着せた画像も紹介されていたようです。
私自身は、伝統的な衣装に性別によって違いがあることの"是正"を無理強いする気はありません。
自己認識に基づいて着られるようになれば良いかもな、とは思いますが。
しかし、慎ましやかに踊る女性や、太腿と腹部を大胆に露出させて踊る女性が「美女」「マドンナ」として強調され、上半身裸で大きな動きとともに力強く踊る男性が「マッチョ」として強調される、これが何度も繰り返されているようであれば、明確に性別ごとの「こうあるべき」という姿を規定しているように思えます。
(というか、単純に「応援」するために演者をそんなセクシーな格好にする必要性がよくわかりません……。)
これに関しては『世界からのサプライズ動画』に限った話ではありません。
動画出演による「支援」「寄付」について
①不透明性
他にも疑惑があります。
寄付や支援といった話について知るため、私は公式サイトを調べてみました。
全てのページを回り、YouTubeやInstagramも探してみましたが、どこを見ても実績報告書がありません。
国際協力団体では、十分な規模を有するところになるとアニュアルレポートというものを発表していることが多くあります(年次報告書とか、呼び方は色々あります)。
アニュアルレポートに記載されるものは支援の方針、計画、内容、実績、経理関係、寄付のお願い、現地の方のコメントなど、各団体によって様々ですが、透明性を確保するためには重要なものです。
取り敢えず、それをたまたま作成していなかったにしても、寄付を中心目的の一つに掲げているのに、その専用ページすらないのは不自然です。
根拠とされているのは、耳触りの良い「支援」「寄付」という言葉と、SNSに掲載された数枚の写真。
また、TVに映っていた証言(?)のような映像。
これだけであれば、正直なところ、根拠となるには弱いと言わざるを得ません。
何も収支を全て公開しろとは思いませんが、あまりにも内情が見えてこないのです。
また、「彼らに渡される給与の額はどうやって調整しているのか?そもそもいくらなのか?」「経済的自立の基準とは?」といった疑問が浮かびます。
実は、これらの質問について製作元は Instagram @worldsmile_jpn のストーリーズハイライトのなかで言及しているのですが、続く文章は次のようになっています(少し引用元の日本語がおかしいですが、言いたいことは汲み取ってください)。
おわかりになったと思います。
要するに、何一つとして回答になっていないのです。
確かにこれらの質問はおいそれと回答できるものではありません。
ですが、このようにはぐらかした上、「考えていく必要がある」と「考える」の一言すら明言を避けているのはいかがなものでしょうか。
②脆弱性
そしてまた疑問に思うのは、この事業は持続的なものなのか?ということです。
サイトでは時折SDGsの文字を見かけましたが、本当に持続可能な開発の形態と称するには一過性のエンターテインメント事業は不安定です。
ビジネスという言葉も使われておりましたが、流行りが廃れて儲からないビジネスを継続して、次の流行りを待ち続けながら現地人たちに安定した給与を支払うことは可能でしょうか?
むしろ、当該動画が現地人の主生業になってしまったあとに事業が立ち行かなくなった場合、彼らは仕事を一気に失うことになります。TV番組「スッキリ」でのテロップ通りなら、子どもたちは学校へ通えなくなります。大人たちが本当に元傭兵なら、稼ぐために戦場への逆戻りさえあるかも知れません。
まるで当該動画が彼らにとっての唯一のソリューションであるかのような印象を受けますが、それ以外の道がないということには必ずしもなりません。
大前提として、あなたが彼らが貧困に苦しんでいるのだと思っているのであれば、それは誰にそう言われたのですか?
一般社団法人WORLD SMILEの主張ではありませんか?
相手の土俵に上がって論じていないか、注意が必要です。
③差別と貧困の葛藤?
「確かにあの動画は差別かも知れないが、僅かであろうとあの動画の出演料を支払われることによって助かっている人がいるんだ。だから、貧困生活に逆戻りするくらいならあのままで良いだろう。むしろ差別だ差別だと言う方が差別なんだ。」
それは本当にそうでしょうか?
私自身は、そのような回避=回避の葛藤に陥ってはいません。
確かに、取り敢えず強制労働(児童労働や性売買なども)から人々を引き離したもののその先を考えておらず、人々が強制労働に戻ってしまった、というのは数ある人権団体のプラン失敗パターンです。
ですがそもそも、もし動画に出演している彼らがそれによって貧困から抜け出していたとして、それが差別的なコンテンツに彼らを利用することの言い訳になり得るのでしょうか?
動画に出演している彼らが差別されているのであれば、反差別を適用し、差別を締め出します。貧困があるのであれば、それに対しても新たな策を打つべきです。差別と貧困はどちらかしか取れないというような対立する事項ではありません。
それから繰り返しますが、出演料がいくらなのか、いや出演料が本当に継続的に支払われているのか……貧困解決に繋がっているのかどうかも、明細や報告書すらない状況では判断できません。
マラウイでの中国人による事例
一方、数か月前に私もBBCを視聴していて気付いたのですが、実は中国では類似のサービスが批判されたことが何度かあります。
最たるものは BBC news が今年6月に出した記事と動画です。英語ですが、ご興味のある方は是非ご視聴ください。
要約をしますと、マラウイのとある村で現地の子どもたちに「僕は黒い悪魔だ!頭が悪い!(意訳)」という台詞を叫ばせ、ネット上に動画をアップしていた中国人男性(通称 Susu )をジャーナリストが問い詰める、という内容のものです。
ここでは「黒い悪魔」と訳しましたが、実際は中国語で黒人を差別する言葉らしく、また「頭が悪い」というのも、知能レベルのことを指すのだとか。
これを受けて、ネット上でも一部の方々が「ひょっとして『世界からのサプライズ動画』と何か関係があるのではないか?」と疑問を表しました。
それに『世界からのサプライズ動画』製作元も気づき、InstagramのストーリーズやTwitterのツイートなどで次のような文章を発表していました。
ツイート例
裏側の繋がりは不明ですし、製作元の代表は元々海外での類似サービスを目にしてアイデアを得たという経緯を公表していますから、もしかしたら……という疑念はありますが、取り敢えずは無関係と断言しています。
また、この Susu という男性が運営していたサービス以外にも、五年前に大炎上したタオバオという別サービスがありました。こちらはインターネット上から消えうせているようで元動画は確認できませんが、Susu のものと同じく人種差別的で、かつ児童労働に当たるものだったようです。
「世界からのサプライズ動画」製作元は、こちらについてもInstagramのストーリーズで言及しています。
しかし、この文章もかなりおかしな内容です。
まず①と②で述べている通り当該動画そのものが差別的であることは間違いないのですが、引用のなかで示されている「以前問題視されていた箇所」が差別問題のことであるならば、それにどうやって「SDGsに繋がるような改善」ができると言うのでしょうか。
一応、SDGsにも非差別に関する記述はあるにはあります。
SDGs17の目標のうち、16番「平和と公正をすべての人に」。
日本SDGs協会のサイトによりますと、この目標には
「16.b 持続可能な開発のための非差別的な法規及び政策を推進し、実施する。」
という条文が含まれています。
これは政策提言のための文章になっているのでそのまま当てはめるのは難しいですし、そもそも非差別だけではなく反差別が重要だとか、SDGsの問題について言いたいことは山ほどあるのですが、それは一旦脇に置きましょう。
この条文に貢献するような取り組みを製作元はしているのでしょうか。
差別ではないという反論はあるのでしょうか。
コンプライアンスなどを確認する担当者はいるのでしょうか。
このツイートにある、「アフリカの人権団体との取り組み」及び Susu への「然るべき対応」とは何でしょうか。
何も、明らかになってはいません。
追記ですが、この件を調査したBBCの調査報道ジャーナリスト、ルナコ・セリーナ氏がタイムズ紙で、アジア市場における人種差別ビジネスの拡大について語ったことを申し添えておきます。セリーナ氏は、この記事のなかで、Susu が利用した「貧困からの救出」という論理や「善意による行為」という建前について看破し、また誰もが陥りかねない差別の温存にも警告を出しています。
エピローグ
以上から、私は「世界からのサプライズ動画」が差別であり、また「支援」「寄付」や差別対応の内容についても極めて不透明であることを指摘しました。
正直なところ、差別とそれへの反対が起こったとて、反差別規範が不十分な日本であの一般社団法人が大きな制裁を受けるかと言うと微妙です。
既に製作元は有名人を「抽選なしで依頼承ります」という誘い文句で多く取り込み、某有名YouTuberや在京キー局もTVで取り上げてきました。
何より、インターネット上の多くの人々が悪意なく差別的コンテンツを喜び、楽しんでいるのです。
私も今すぐマラウイやザンビアなどの地に飛んで行って差別と貧困を解消できるかというと、無理ですね。
ただ、こうして違和感を放置せずに考えること、差別的コンテンツをそのまま拡散しないこと、反貧困を言い訳に反差別を止めないこと、誰かと話してみることなどは、状況を変えていくために欠かせないと考えています。
国際協力や国際貢献を巡るビジネスは、単にこちらが楽しんでお金を払えば善行になるというものではありません。
相手がどのような人間であれ、人間として尊重することが第一ではないでしょうか。
人により程度の差はあれ、「自分は社会構造のなかで特権者になり得る」という視点を常に持つことも大事でしょう。
そういった弛みない思考を試みることは、無駄ではないと思うのです。
それでは、またどこかで。さようなら。
もね
※2023年5月24日追記
二宮和也氏が利用されたサービスと、この記事で批判しているサービスは、同名ですが販売元が違います。ただし、サービス内容としては殆ど変わりないため、私は差別としての構造もまた変わらないと考えております。
(なお、この記事では一般社団法人WORLD SMILEの収支の不透明性について指摘しました。一方、二宮和也氏が利用されたサービスについては、まだ収支などの透明性がどうなっているのか調べられておりません。)
※2023年5月22日追記
お読みいただきありがとうございます。家でぼうっとしていたら「スキ」通知がいくつか来ていて、それにより二宮和也さんが『世界からのサプライズ動画』サービスを利用されたことを知りました。そのファンの皆さまにもご関心を持っていただいているようで、そのなかで私の記事をご覧いただきましたことに、重ねまして深くお礼申し上げます。
この記事は書きっぱなしで放置していたので、情報及び意見は公開当時のものです。ご承知の上、参考にしていただければ幸いです。もし皆さまが事実確認をなさって「こういうところが変わっている」と気づかれましたら、コメント欄などでお知らせいただければと思います。今後とも、誠実な記事の作成に努めてまいります。どうぞ宜しくお願い申し上げます。
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