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Siuil a Ruin(わがもとへ来よ恋人よ) 私訳と解釈


わがもとへ来よ恋人よ 

あの丘にひとりをりたし
泣き声ぞ溢れさせたし
さらば涙はいつまでも水車をまはし流れむを

やさしき言の葉のみくれし
恋人の膝の上にぞかへりたし
つひに叶はぬことばかりわれにかたりし恋人ぞ

(Chorus)  
わがもとへ来よ恋人よ  
やすらかに、しのびやかにぞおとなひて  
戸口よりわれを攫ひゆけ

その髪は黒かりし
そのまなこは青かりし
腕のちから強かりし恋人の言葉をわれは信じたり
心にいつも君はありしか

(Chorus)

われはペチコート赤く染め
恋人の生死さだむるその日まで
物乞ひにより世を渡らむ

戸口よりわれを攫ひゆけ

手紡ぎ棒もつむも売り  
紡ぎ車も売りはらひ
われは恋人にひとふりの鋼の剣を贖はむ

さらば恋人よ今は行け  
音も立てずに静かにすすみ  
戸口よりわれを攫ひゆけ  

あれかしと幾度思へど甲斐はなし
わが恋人は戻らずに
嘆くものかと思へどむなし
(その道のりよ無事であれ)

されど恋人はフランスに
武運を試しに向かひたり
再び会はむと思へども
巡り合はせを祈るのみ
(その道のりよ無事であれ)

原文

※ゲール語部分は直下の()内が英訳となる。
 英訳はアヌーナのアルバムブックレット記載のものを採用。

I wish I were on yonder hill
'Tis there I'd sit and cry my fill
And every tear would turn a mill

I wish I sat on my true love's knee
Many a fond story he told to me
He told me things that ne'er shall be

Siúil, siúil, siúil a rúin 
Siúil go sochair agus siúil go ciúin
Siúil go doras agus éalaigh liom
(Go, go, go my love
Go quietly and go peacefully
Go to the door and fly with me)

His hair was black, his eye was blue
His arm was strong, his word was true
I wish in my heart I was with you

I'll dye my petticoat, I'll dye it red
And 'round the world I'll beg my bread
'Til I find my love alive or dead

Siúil go doras agus éalaigh liom
(Go to the door and fly with me)

I'll sell my rock, I'll sell my reel
I'll sell my only spinning wheel
For to buy my love a coat of steel

I wish, I wish, I wish in vain
I wish I had my heart again
And vainly think I'd not complain
Is go dté tú mo mhúirnín slán
(And may you go safely, my darling )

But now my love has gone to France
To try his fortune to advance
If he e'er comes back, 'tis but a chance
Is go dté tú mo mhúirnín slán
(And may you go safely, my darling )


Siuil a Ruin(アヌーナver. feat.Lucy Champion)


補足(と個人的な解釈)

Siúil a runは製作年不明のアイルランド民謡。歌詞は複数パターンがあります(こちらのサイトで著名アーティストの各バージョンが見れます)。
上記は把握できる範囲のすべての歌詞を網羅した形にしていますが「*」前の歌詞は定番のようです。
英語とゲイル語、両方を含む歌はアイルランド民謡としては珍しく、かつて存在したオリジナル歌詞は失われたと思われます(参考)。なおコーラスのゲール語部分について、拙訳は英訳に準じたものです。

歌詞(恋人の喪失)の背景には歴史上の戦争、具体的には名誉革命時、反革命派(ジャコバイト)のカトリック系アイルランド人がフランスへ渡った(Flight of the Wild Geese。参考)ことがあるという説もありますが、おそらくこれは"されど恋人はフランスに 武運を試しに向かひたり"以降の歌詞についてのことと思われます……が、これも明確な根拠があるものではありません。
なお第5パラグラフ、ペチコートを赤く染め(I’ll dye my petticoats, I’ll dye them red)とは、娼婦として生きるという意味です。

タイトルでもある「siúil a ruin」は「walk my love」と英訳されます。

siúilの意味を調べると(こちら参照)第一義としてwalkが、二番目に「come or go on foot」が挙げられています。つまりsiúilとは足による移動(の動き)が主な意味であり、「行く」も「来る」も訳語となりえます。

コーラス部分の英訳について、ネットで探してみると以下二つを見つけられました。(以下、siúilはwalkで統一)

英訳1(Anúna 採用版) walk quietly and walk peacefully walk to the door and fly with me

英訳2(KOKIA 採用版) walk calmly and walk quietly walk to the door and flee with me

walkにかかるquiet、peaceful、calmはいずれも内外の環境の穏やかさ、静けさを表す語ですが、rest in peace、calm deathなど、精神の安らぎの意から転じて死のイメージとも近しいように思います。
個人的には特に英訳1の「peacefully」というのは戦地へ向かうであろう恋人の形容にしてはかなり意外な印象があり、翻訳者の敢えての選択に思えます。

siúilを「行く」、goの意とし、自分と逃げてほしい、攫って逃げてほしい(fly with me)と歌うならば。死地へ向かう人に足音を立てずそっと旅立ってほしいと思いつつ、開けた家の戸口からそのまま自分も連れ去ってほしいとも願っている……そんな解釈になります。
siúilをcome「来る」とする場合は明日出征の恋人に、夜こっそり自分の家を訪れてそのまま自分を連れ去ってほしいと願うという解釈になります。
実際、ネット等で見る限り、siuil a ruinのコーラス部分の日本語訳はこのいずれか、あるいは両方の解釈のニュアンスを取り入れようとするものが定訳になっているようです。(参考1

しかしcome「来る」の場合、呼びかける恋人は既に死んでいる、あるいは長らく音信不通で死んだも同然の状況で、目の前にいない死んだ(と思われる)恋人の魂に、自分のいる故郷へ戻って来るよう呼び掛けている……そんな解釈も可能ではないでしょうか。
そもそもコーラス前の歌詞で、恋人についてはすべて過去形で描写されているのです。歌詞をつぶさに読んだことがなくとも、この歌は喪失の歌だと多くの人が思っているのではないでしょうか。定訳ではコーラス部分だけ時制が違うのです。

アイルランドの文学者W.イェイツの戯曲「心のゆくところ」ではメリーという女性の前にフェアリーと思われる謎の子どもが現れます。戸を開け子どもを迎え入れ、ミルクを与えたメリーは夫ショーンや神父の制止も甲斐なく、子どもの語る美しい国への誘いに応じ、死んでしまいます。

子供 あの人たちの歌がきこえるよ「おいで、花嫁さんおいで、森と水と青い光へ」とうたっている
メリイ わたしはいたいと思うの――それでも――それでも
子供 おいで、金の冠毛の、小さい鳥
メリイ (ごく低い声で)それでも――
子供 おいで、銀の足の、小さい鳥

(メリイ・ブルイン死ぬ、子供出てゆく)

ショオン 死んでしまった
ブリヂット その影から離れておしまい、体も魂ももうないのだよ/お前が抱いているのは吹き寄せた木の葉か/彼女の姿に変っている秦皮の樹の幹かもしれない

「心のゆくところ」において扉とは異界との境界です。ハロウィンのトリック・オア・トリートの風習においてもまたしかり(言うまでもなくハロウィンはアイルランド……ケルト文化の風習が起源です)。この歌で「walk to the door」と歌うのも、人ならぬものとしてやってきた恋人が娘を訪れ連れ去っていく様々な民話のイメージがあるのではないでしょうか。

長らく会えぬままでいる、恐らくはもうこの世にはいないであろう恋人。来てほしいと呼びかける恋人が歌い手を攫っていく先は死者の国(それは地下にあるという妖精の国と近しいものです)ではないか。
第5パラグラフ、I’ll dye my petticoat, I’ll dye them red( 吾はペチコート赤く染め)という歌詞の繰り返されるdyeはdie、つまり「死」と発音が同じです。

この解釈を踏まえれば、恋人の生死を確かめるまでは物乞をしてでも……という歌詞も、それは本当にそうしたい、というよりは、恋人のいない世界ではもう生きていたくない、もう死にたい、恋人が死んだなら自分も一緒に死にたいということなのではないかと思えてきます。

いずれの解釈にせよ、演奏によっては追加される"その道のりの無事であらむことを(Is go dte tu mo mhuirnin slan)"という歌詞は、全体の中でもかなり浮いていて、Flight of the Wild Geeseを念頭に置いたと思われる歌詞同様、あとから追加された可能性が高いように思います。Celtic Womanの演奏などでここだけ他の歌詞と離して歌っているのもそうした理由からでしょう。

拙訳では「*」前のコーラスをsiúilをcomeとして(英訳1)、後のものはgoとして(英訳2)訳しました。
読んでみて、しっくりくるのはどちらだったでしょうか。

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