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月曜日の図書館 きれいな水

朝、出勤したら事務室の洗面台から水が逆流していた。正確に言うと、そこに洗面台があったことすら知らなかった。捨てられずに積み上げられた封筒、プチプチ、ダンボールその他にすっかり埋もれ、使われることのなかった水道が、なぜ。

機械室からおじさんに来てもらったところ、エアコンの湿気が水分となり、水道管に流れ込んで(?)あふれているとのこと。バケツで水をくんでも、しばらくするとまた下からもりもり水がせりあがってくる。すぐに直すのは無理だから、今日は定期的に水をくんでやってね。

令和の世にあっても人類は水害から逃れられない。

本を借りにおじいさんが窓口にやってくる。貸出カードをなぞり、手渡そうとすると、0.02秒くらいのすごいスピードで引ったくったのでびっくりする。虫を捕らえる食虫植物かと思った。

年を取ると、行動をちょうどいい具合にコントロールすることが難しくなるのかもしれない。わたしが小学5年生のときに育てていたハエトリソウは、ハエをちらつかせても一度も捕まえることなく短時間で枯れた。ハエが嫌いだったのかもしれない。

N本さんが、灯油を移すときの道具を調達してきてくれたので、水のくみ出しがいくらか楽になる。機械室のおじさんは、きれいな水だから大丈夫、と何度も言った。

M木くんが昼休憩に外出した後、ハトにフンをひっかけられて戻ってくる。みんなで取り囲んで笑う。ハトのフンが落ちたのが、深刻な人間の肩の上でなくてよかった。食虫おじいさんだったらハトを捕らえて告訴しかねない。

水洗いしてそこだけ濡れそぼったシャツ。その水分はエアコンで乾かされた後、水道管を通って再び排水口からせりあがってくる。

めぐる命。

市の広報課から、昔の図書館を紹介した白黒映像をもらう。市長が見学に来た様子が映し出されている。最新式の設備に、市長も大変満足した様子です。

50年後も同じ建物と水道管をだましだまし使い続けているなんて、当時は知る由もない。

映像の中では、今はもう廃止になった自動車図書館のおひろめ式が開かれており切なくなる。せっせと点訳されていた本も、今はほとんどデイジーに変わってしまった。新しい試みとしてレファレンスが始まりました、とサービスの目玉のように紹介されているが、認知度は今もそんなに変わらない気がする。

夏休みの子どもから、野球用グローブの構造について調べたいと言われる。さて、何の本を見たらいいんだろう。とりあえずスポーツの棚か?

久しぶりに児童室に入り、スポーツの棚を物色していると、ここ数年で増えたと思われるオリンピックやパラリンピックに関する本がたくさん並んでいておののく。一年前に開催されることを見越して作られたそれらの本は何だかちぐはぐで、早くも歴史資料のような古いにおいがしている。

思えば白黒映像だって、作られた当時は「最新式」だったのだ。

結局スポーツの棚にはめぼしい本がなく、製造業の棚にグローブが作られる様子と各部位の名前が載っていた。特許のサイトにも構造が載ってるよ、ネットで見れるよ、と紹介したが、自由研究には本がいいらしく、全然興味がないようだった。

閉館後、エアコンを切ってからしばらく水をくみつづけると、おじさんの言った通り、逆流はおさまった。明日には直してもらえるだろうか。

フロアの見回りをしていると、机の上に利用者が残したと思われる書名のレシートがあった。

『だれも置き去りにしない』、と書いてあった。

vol.84

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