たちのぼる湯気と記憶
数日前の東京の最高気温が10℃に届かなかった日、あまりにも寒くて、体に力が入りすぎていたのか、腰に鈍い痛みを感じつつ帰宅の途につきました。
職場のドアを開け、外に出た時の絶望的な寒さ、そして徒歩20分という道のりの怖さ・・僕の腰痛はストレスが起因しているらしく、腰に感じていた痛みが増したような気がしました。
・・ドラッグストアで、入浴剤を見てみよう・・
唐突ですが、ふだん入浴剤って使いますか?
我が家は使いません。それは、言わずもがな育ってきた環境によるところも大きいし、赤ちゃんがいるから、何でもかんでもお湯に入れられないからでもあります。
ともあれ、昨今の入浴剤はちゃんと確認すれば赤ちゃんでも入れます。なんなら赤ちゃん用のものもあるわけで。(表示ラベルを読んで驚きました)
寒い時には、やっぱり温泉も魅力的です。でも、温泉って身近にないことも。銭湯やスーパー銭湯もまた良い施設ですが、料金や施設までの距離もあって、さっと思い立って家族で行くには勇気が必要です。
そこで、温泉のような効果が得られる入浴剤の出番・・ということなのです。
僕の幼い頃を思い返すと、母が入浴剤に苦手意識があったのか、母が入浴剤を買うことも使うこともありませんでした。
そんな母は温かな土地の生まれ。
今でこそ、ちょっと自慢したくなる「五右衛門風呂」がまだ現役で使われている家で育ちました。僕が子どもの頃、母の田舎に帰省した時、五右衛門風呂に入ったことを思い出します。
大きな釜に浸かるような心境で、めちゃくちゃ熱いお湯なのではと、いつも怖くてたまりませんでした(笑)
温かな気候だから、お風呂に入って温まるというよりは、汗を流す、という意味合いの短い入浴でした。
かたや、父のほうは、祖母(父の母親)が入浴剤を使っていました。僕が子どもの頃、父の田舎に帰省すると、緑色で透明なお湯に浸かって楽しかった記憶があります。
寒い土地だったこともあり、お風呂の時間は貴重な健康回復のタイミングでもあったのかも知れません。バスクリンの名前をそこで覚えました。
とはいえ、入浴剤にさして興味もなく育った僕は、大学生になり、順当に就職活動に入りました。そこで出会ったのが、MRという職業でした。MRとは、平たく言えば医薬品の営業。その職業を志したのです。
なぜMRかと言うと、理由はとても単純で、そのころ流行っていた適職診断(R-CAPという名前でした)で、選ばれた仕事だったからです。
こだわる気質、勉強が好きな姿勢、対人に向けた関心の強さなど、何が理由だかわかったような分からないような解説を読んで「これだ」と思ってしまったのでした。やりたいことが見つからない、典型的な若造でした。
いくつも製薬会社を見るために、説明会に行ったり、エントリーシート出したりして、何社も回りました。
その中で「ツムラ」という企業に興味を持ち、また反対に僕に興味を持ってもらう幸運がありました。漢方薬を主体にした製薬メーカーで、家庭用商品として薬湯由来の入浴剤の開発に力を入れている会社でした。
エントリーシートに書いたことや、出会った先輩社員の雰囲気が合ったようで、うまいこと面接が進んでいきました。
そして、最終面接の日がやってきました。
それまで、何社もいくつも面接を受けていたにもかかわらず、最終面接に向けた準備はほとんどしてきませんでした。周囲に聞いてみても「最終面接は確認だから、大丈夫でしょ」ばかり。鵜呑みにしていたのです。
面接ではかなり年齢の高い社員(役員?)さんたちが座っていました。
もはや何を聞かれたのか覚えていませんが、ひとつだけ記憶しているのは「弊社の商品、何か使っているものがありますか」という、原始的とも言える問いでした。
面接界隈(なんだそれ)では、あまりにもイージーな問いでしたが、何しろ準備をしていなかったこともあり、緊張していたこともあり、ちゃんと答えられなかったのです。
冒頭、職場からの帰り道のドラッグストアで「きき湯」を目にした時、湯気のようにたちのぼって蘇ったのは、あのツムラの最終面接の記憶でした。当時「きき湯」が発売されて間もなかったのです。
MRという仕事に憧れて製薬会社を受け続けましたが、結局、ツムラ以外にも最終面接で2社落ちてしまったので、僕には無理な職種だったようです・・。
現在はツムラから分社化されたバスクリンという会社で、その入浴剤が作られています。
ちょっとだけ苦い思い出と「きき湯」のお風呂、名前の通りとても効きました。
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