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犬の名前 【創作】【ピリカ文庫】

俺な・・、い、いぬを拾ったんだ。茶色の、小さいやつ。

いつになくソワソワしている康介に、何か隠してない?なんて聞いちゃったから、大切なものを差し出すように、ちょっと自慢げな表情で言ったんだ。

でも、康介の家は団地の3階、犬なんて飼えるわけないじゃないか。僕の表情を読み取ったのか、康介は言い訳するときのように、違う違うと手を振った。

うちじゃあ飼えないからさ、と、とりあえずは公園の植え込みのとこに段ボール置いてさ・・餌になるような、・・置いてあげないと

そういうと、康介はランドセルの中から丸まった給食マットを出してきた。ゆっくりと端をめくると、中から細かくちぎったパンが落ちてきた。嘘だろ、いつの間に・・。

校庭でサッカーしようって言ってた隼人たちは、すっかり遠くへ行ってしまったから、康介の告白を聞いたのは、僕だけってことだ。犬ね・・生き物さ・・重いんだ。もちろん持ち上げるとかそういうんじゃなくて、命がさ、命があるものは重いんだよ。

俺さ、ずっと、ずっと前からさ、犬を飼ってみたかったんだよね。か、かっわいいじゃん、なんか。

かわいい、じゃなくて、かっわいい・・ね。そうだね、そりゃかわいいさ、犬だもん。僕だって、飼いたいんだよ・・パパもママも犬好きなのになぁ。僕が生まれる前に飼ってたらしいけど、病気で死んじゃったんだって。

その話をしてからずっと、命は重い・・って言って、生き物が飼えないんだ。


あれ・・どこに隠したっけ・・おーい、どこにいる?おかしいなぁ・・

公園に来てみたけど、康介の言っていたダンボールは見つからない。今朝拾ったって言ってたけど、もうどこかに行っちゃったんじゃないの。ちょっと楽しみにしてたけどさ、やっぱりダメだったんだよ。

あっちかも、こっちかも・・さっきからずっと同じ場所を探して諦めない康介に、ずっと思っていたことを言ってしまう。つい声を荒らげてしまった。

「康介、もういいよ!小学生が犬の世話なんてできるわけないじゃん!」


「あんたたちか、ここに犬、捨ててったのは」

突然、背中のほうから大きな声がして、僕たちは驚いて飛び上がった。横を見ると、康介が頭をさすっていた。太い枝にぶつけたみたいだ。

うう、ううん、俺・・ぼ、僕たちは、犬なんて捨ててません。ダンボールを探してたんです・・なんか、あの大きくて遊べそうだって・・。

康介はあわてて手を振る。振っていない左手には、いつでもあげられるようにと、パン入りの給食マットが握られていて、パンが少しこぼれて足元に落ちた。

「毎朝、ここを歩いとるんじゃ。」

怒っているわけじゃなかった。おじいちゃんは、犬の一匹や二匹・・と言って、笑っていた。


犬の、な、名前は何にする?

次の日の放課後、僕たちは、おじいちゃんの家にいた。康介は、犬の名前をつけたいと意気込んでいた。そのくせ、どんな名前がいいか決められていなかった。

おじいちゃんは、一人暮らしで、親戚らしい人たちは遠い遠いところに住んでいると言っていた。犬が懐くとうっとうしい、なんて言ってるけど、僕たちが遊びに行くと嬉しそうに、熱くて渋いお茶を出してくれる。

「名前なんて、呼びやすいのを付けたらいい。」

僕は、目の前にあったお茶と犬がおんなじ色をしていたからか、茶太郎は?とつぶやいていた。誰も反対することなく、茶太郎は尻尾を振っていた。

茶太郎と遊ぶのは、いつもおじいちゃんの家の庭だった。おじいちゃんが転んだら怖いと、紐をつけて外を散歩させたことはなかったみたいだ。康介と僕は、一緒に行くこともあったけれど、どちらかひとりで行くこともあった。


ある日、先におじいちゃんの家に行ったはずの康介が慌てて戻ってきたことがあった。

ちゃ、茶太郎が、い、いない


おじいちゃんの家に行ってみると、いないのは茶太郎だけじゃなかった。おじいちゃんも、いなかった。どこかに出かけちゃったのかな・・なんて思って、その日は帰ったけれど、次の日も、その次の日も、おじいちゃんの家には誰も帰ってこなかった。

おじいちゃんも茶太郎も、一体どこに行ってしまったのか。

おじいちゃんも茶太郎もいなくなって何日も経って、おじいちゃんの家には知らない人たちが来ていて、何やら言い争うように話していた。庭を覗き込んでいた僕たちに気がついても、何か言われることもなかった。

こ、この家に、犬がいたの。

康介が、茶太郎のことを誰かに言おうとしたけれど、聞こえないのか、聞こえないふりをしたのか、誰も近くには来てくれなかった。

あれから、おじいちゃんの家はほんとうに誰もいなくなって、康介も僕も遊びに行くことはなくなってしまった。


夏休みがあっという間に終わって、久しぶりの学校。先生の顔、あんなだったっけ、日焼けしてるのか。

「新学期といえば、転校生だ。転校してきた子がいるから紹介するぞー」

ちょっと何言ってるか分からないけど、まあ確かに、新学期といえば転校生かも知れない。先生が言い終わらないうちに、教室に一人の男の子が入ってきた。目がまんまるで、なんとなく犬っぽい顔だ。

「東京から来ました、柴田茶太郎です。」

ちゃたろう!?その名前に反応して、クラス中が沸いた。僕の驚いた声なんて、笑い声にかき消されてしまう。康介の座る席を振り返ると、口があんぐり開いていた。

そんなことってあるか・・ポニョみたいなことあるんだな・・。

柴田、いや茶太郎のランドセルの陰から、ブンブン振られている尻尾のようなものが見えたような気がした。







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