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移動販売が叶えること

移動販売というと、どんなお店の、どんな車を思い出すでしょうか。

僕は、幼い頃、暮らしていた団地に賑やかなトラックがやってきて、荷台に品物が並べられていたお店を思い出します。一般的な2トントラックで、荷台がアルミでした。

だから、トラックがお店だったなんて!と、驚いた記憶の方が強いのです。何を売っていたか、何を買ってもらったかなんて、覚えていません。

大人になってから、最近の移動販売は軽トラックが主流で、スーパーなどが主体となって商品を載せて地域を巡っている、といったサービスを展開しているのを知ったのでした。


以前の仕事のことを思い出しながら。

買い物が不便な地域にある高齢者施設と、障害者福祉施設や行政が連携して、移動販売車を呼びました。

週1で駐車場に停車、地域の人の買い物を助けたり、憩いの場を作れないかと、取り組みを行ったのです。当時、新しい考え方として地域が地域のケアをする「地域包括ケアシステム」の一つの試行として行ったものでした。

施設の駐車場を借り、特定曜日の数時間、移動販売車を停め、買い物してもらい、その周辺には座って話せるようなスペースを設け、買い物に来た方同士が交流できるような場を目指しました。

僕は全く不勉強で、福祉系の部署にはいたけれど、実際のケアの現場や、高齢者介護の様々な施設の違いもイマイチ分かっていない、そんな職員でした。しかし、この移動販売に魅力を感じ、できる限り立ち会うようにしていました。

そんな中で、施設の方々の買い物風景を眺めていると「自分で選ぶことの価値」って何だろう、と考えることがありました。悩んで選ぶこと、それは日頃、自分がお店で買い物するときには悩んで当然と思っていたし、迷うことがストレスに感じてしまうこともありました。

しかし、施設の方の声を聞くと「久しぶりに悩めた」「自分の好きなものが選べた」「毎日でも買い物したい」「楽しかったわぁ」・・と全般的に好印象でした。

施設の方々の利用には、施設で働いている方が付き添いで来てくださるのですが、その時の会話もとても楽しそう。

「えー、○○さん、これ好きなんですか(笑)?」
「○○さん、ちょっと買いすぎじゃないですか(笑)?」
「○○さん、新しい味がありましたよ!買いましょう!」

車椅子で移動販売車の近くまできて、店員さんに取ってもらって会話する方もいるし、数分間も棚を見つめて考えに耽る方もいました。

施設に入っていたら、そういうことも、きっと殆ど出来ないことなのです。ご飯やおやつは提供されるし、お菓子も面会にきた家族が持ってきてくれる、人によっては、体の機能も低下しているから外出そのものが難しい場合だってあるでしょう。


暑い日も寒い日も、施設から出てくる”お客さん”たちは、とても明るい表情をされていました。移動販売車の流す音楽が聞こえてくると、ホッとしてしまう、なんて仰る方もいらっしゃいました。

買い物は、自分の目で見て、自分で考えて、お金を払って商品を受け取る・・このやりとりは、ある意味では社会的な自分を感じられる機会なのではないかと思うのです。

建物の中で、名前は呼ばれこそすれ、自分のためにお金を支払う決定をするような機会は、かなり少ないか、ほとんどないのではないかと考えてしまいます。それは、生活が保証されているという意味では安心ですが、自分の気持ちとお財布を相談させる買い物は出来ないのだと思うのです。

自分が好きなものを見つけて、自分のお財布で買って、ゆっくりと食べて楽しむ・・そんな時間が作れることも魅力があります。そして、お金という道具を使って、お店の役に立てる、ひいては社会のためになっているという意識を思い出したとき、大袈裟ではなく「生きているな」と感じることもあるのではないかと思うのです。

そこまで壮大ではないにしても、お茶を片手に家族のことを話したり、旬の野菜の料理を相談したり、残念ながら人数はとても少なかったけれど、移動販売車を通じて広がる地域があることが見えて来ました。

それまではお店で買っても帰り道で溶けてしまったアイスも、移動販売車なら溶けずに持って帰れる、とお孫さんと一緒にアイスケースを覗いている地域の方もいらっしゃいました。

多くの場合、移動販売は「地域の足」として食材を運んできてくれると考えられています。ただ、僕が見た移動販売車は、地域の人をつなぐ「地域の手」のようでした。

田舎と呼ばれている場所だけが、移動販売車の主戦場ではなくなりつつあること、そんな社会の変化もあるようです。あの移動販売車の、賑やかな音楽が懐かしく、またどこかで会えないかなぁと思ってしまう、春でした。


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