土着文化と戦闘機と #創作大賞感想
読み終えてその労力に、その想像力に恐れ入った。51話という大作で、先に進もうかどうしようかと思ったのも束の間、没入していった。この作品を読むことができてよかった。
読み始めこそ、地域に残る伝説と不思議な人間の存在という、いかにもファンタジーといった設定だった。しかし、その実、特別な一族の存在、地域全体、行政機関、自衛隊を巻き込む、一編の映画のような壮大な物語だった。
dekoさんの小説「北風のリュート」を読んだ。
リュートと聞くと僕はいつも、絵画「リュートを弾く道化師」が思い出される。道化の衣装と、斜め上に向けた視線が印象的な絵だ。リュートはとても古い楽器ではあるものの、日本の楽器ではない。しかし、物語で明かされるルーツに、ハッとさせられる。
物語の始まりは、とある3人の出会いだった。不思議な能力を持っていた少女、気象のスペシャリスト、航空自衛隊の戦闘機乗り、一体何が起こるのか予想もできなかった。不思議なものを見た、という目撃情報から始まって、いつしかそれは彼らの命だけでなく、街まるごとを飲み込まんとする危機へと膨らんでいく。
不思議な力があるからこその呪い?別世界からの侵略者?新しい何かを迎えるための終末?さまざまな原因を考えながら読み進めていくが、僕の経験では追いつかなかった。いつしか日本全体がかつての感染症の時の苦い経験に包まれるような雰囲気も、とてもリアルだった。
自衛隊にしても、市役所にしても、密着取材のカメラが入ったかのような臨場感がある。読み手としては、それがとても不思議だった。もしかして、中の人?なんて思ってしまう。特に、緊迫した場面であればあるほどに、言葉が研ぎ澄まされ、読み手のスピード感と場の緊張感を落とさないように工夫されていた。
それでいて、伝説のような超自然的存在も、物語の重要な素材として根底を流れ続けている。太古の伝説と現代的な兵器が対照的に感じられて、なんというかやはり日本には超自然的な存在が信じられる土壌があることも、当然という気がしてくる。
細かい話だけれど、公務員としては、市長のSNSアカウントのフォロワー数が全住民との割合が高いのに驚いてしまった。そのくらい人気のある首長だったら、もっと地域が明るくなるだろうと、ぼんやりと考えてしまう。
どの場面にも臨場感があって、本当に日本のどこかで起こっているような、自分の街の空が気になってしまうような、そんな怖さがあった。最後の最後まで、ハラハラしながら読み進められるのも、書き手のすごさだろう。きっと、日頃の読書量も推して知るべし、といったところか。
最終話のコメント欄にも「すごい」が溢れていた。僕も読み終わりには「すごい」と感じた。51話、かなり圧倒される数だけれど、それぞれ読みやすい文量になっているし、続きが気になる区切り方なのだ。タイトルからは全く想像できない世界観と物語の巧さに、やはり「すごい」と言わざるを得ない、そんな作品だった。
つい、ひょうきんな道化師の絵を載せてしまったが、物語の重要人物もまた、ファンタジーとリアルを繋ぐ道化師のような存在として描かれていたのではないかとハッとした。リュートという楽器の不思議な音色もまた聴きなおしてみたい。
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