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9年前の今日

本日は、静岡のニューサマーオレンジのゼリーと、鹿児島のさつまいも安納芋のスイートポテトをご用意しました。


これは、ちょうど今の時間くらいに提供された、披露宴でのコース料理の最後を飾るデザートの皿でした。

お互いの母親の出身地に因んだ食材を使って、デザートを提供する。この会場にした理由のひとつは、そんな料理のプランを提供してくれたからでもありました。

実際には、特産物をあれやこれやと探してもらっては、どんな組み合わせで使うかをいくつも試してもらいました。


お互いの父親の出身地に因んだ皿は、ごはんとお吸い物でした。

SNSの機能に、過去の投稿を紹介してくれるものがあり、それが9年前の今日として、挙げてくれたのでした。

気候も良く、1が並ぶ縁起の良い日として、僕たち夫婦は、結婚式と披露宴を行いました。

衝撃の逆プロポーズから、たった6ヶ月。とはいえ11月は期間に入らないので、正味5ヶ月しかありませんでした。

その間、両親挨拶、両家顔合わせ、式場見学、式打ち合わせ(6回くらいあった)、新居内覧と契約、引越しなど、いま考えると、タイトなスケジュールでした。

ゼクシィ的な本を買ったものの、目安とされている期間はどれも過ぎていました。

「両家挨拶」・・挙式1年前まで
「式場決定」・・挙式1年前まで
「上司への報告」・・挙式6ヶ月前まで

お互いに、時間がないのはお金で解決、という発想は毛頭なく、自分たちでできることは自分たちでやろう精神により、招待状や席次、メニュー、名札などのペーパーアイテムはDIYしました。

運がいいのか悪いのか、その年、僕は仕事の関係で海外出張やら業務時間外に論文執筆などをする研修に参加しており、何かと忙しくしていました。

結局、研修のための国内視察旅行から帰って2日で挙式。さらに挙式の3日後に、海外への視察旅行へと出発したのでした。のちに、妻から「ひとり新婚旅行」と言われるのです。

でも、人生における一大イベントが、こんな形で慌ただしく行われていることは、研修のメンバーはまったく知る由もありませんでした。

年度末に行われた打ち上げの席で、そのことを話してとても驚かれました。


あの日、その会場はとても混んでいました。何組もの式の予定があったのと、雨が降っていて、自慢の庭に出られずにいたからでした。

式が終わって、介添えの方に駅まで送っていただくときに、その日は東日本大震災以来もっとも多くの夫婦がその会場で挙式を行ったのだと伺いました。


今日はケーキでも買って帰ろう。

いつでも、モンブラン


ちなみに、妻は(やはり)忘れていましたとさ(笑)

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