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絶叫マシンに乗って、老いを感じた日。

若さのピークは20代前半だと思うけれど、若さと自由を本当にエンジョイできたのはアラサーあたりだと思う。
未来に不安になる事だって一番多かった時期だけれど、それでも毎日充実感だけはあった。
やりたいことがあれば躊躇せずに挑戦できたし、緊張感も恐怖も全て楽しめた時期。
コマネチだってその辺でできたし、都合が悪いことが起これば「だっふんだ」と言えば何とかなった。
身体だって脂がたっぷりで、シャワーの水だって弾きまくっていたころ。
赤マムシや生卵なんかなくたって、オールもできるし、なんなら翌日だってツヤツヤだったのに・・・。現在はどうか?赤マムシや生卵を力を頼ったところで・・・。

話しがそれたので、元に戻ります。

アラサーの私は結構なブラック企業で働いていた。
大抵は1人でお笑い番組をみて、ストロング系の酎ハイで一日の憂さを晴らしていたのだけれど、それでは発散できないような理不尽な事が起こった。そして翌日体調不良を理由に仕事を休んだ。

せっかく休んだのだから、ストレス発散するしかない。色々考えた末、富士急ハイランドに行くことにした。

私は昔から絶叫マシンが好きだった。
10代の頃は遊園地に行こうものなら、何度も絶叫系のマシンに跨り、髪の毛を振り乱しその恐怖を堪能していた。
その日も身体の全細胞を絶叫させて、ストレスという悪玉を体外に放出してやろうと思っていた。

フリーパスを購入し、いざ、出陣!!

お目当てはもちろん、ええじゃないか、ドドンパ、FUJIYAMAあたり。
そう「ザ・チン寒系」と呼ばれる荒くれもの達。残念ながら私にチンは無いのでその興奮を味わえないのだけれど。
しかしお目当てのアトラクションには長蛇の列。

時間は無駄にできない。
とりあえず何かに乗って、一発発散しなければと思い、待ち時間が少なそうな絶叫系のアトラクションに並んだ。高さがかなりある空中ブランコのような乗り物で、ラッキーなことに20分くらいで乗れた。

発車の合図がかかり、マシンが動き出す。

私はワクワクしながら恐怖が襲ってくるのを待った。

あれ?
ちょっと、高すぎじゃない?
ちょっと、コレ、無理なやつ。

うっ、怖い。

そう思った時、この殺人マシンは高速回転し始めたのだ。
身体が投げ出される!と慄いた私はもはや目をあけることもできない。
そして目を閉じたまま念仏を唱えることにした。
「なむあみほうれんげきょう。なむあみほうれんきょう。」あっているかも分からない念仏を唱え、ひたすら神に救いを求め心を落ち着かせようとした。

「もうダメだ。このままでは逝ってしまう」
と思った時

「何のために乗った!!ストレス発散の為だろうが!目を開けよ!」神の声だ。

そうだった!!ストレス発散するんだ!!
そして閉じていた目をカッと見開いた。

ちびりそう。
そして口が半開きだったせいだろう。
安全バーはびっしょびしょに濡れていた。
もちろん唾液な。

その時の私の目は極度の乾燥状態だった。もちろん必死に目をかっぴろげていたせいだ。
そして思い切り瞬きをした瞬間、片方のコンタクトレンズがすっ飛んでいった。
裸眼の視力は0.2くらい。

片目だけ視力を失い地上に降り立ち、コンクリートの上で四つん這いになって心を落ち着かせる。
その後貴重品を入れたロッカーに歩いていくも、方目が見えないせいで上手く歩けない。ブリキ人形のように一歩進んでは止まるを繰り返しカクカク進み、何とか貴重品を取り出した。

取り出した貴重品を胸に抱きしめ、自分に問う。
「まだ乗りたいか、お前?」
「いんや、オラのらね」

こうして私はフリーパスを購入したのに、名前の知らない乗り物たった一つに跨り帰宅を決意。

普通に帰宅したかって?
とんでもない!
目が見えないんだもの、運転なんて出来やしない。
タクシーで近くのコンタクト販売店まで行き、コンタクトを購入し富士急ハイランドに逆もどり。
タクシー内で生への喜びを感じていた私。忘れもしない宮尾さんと言う名の運転手さん相手にしゃべりまくった。テンションはFUJIYAMAよりも高かったと思う。
おニューのコンタクトを装着し、開かれた視界を手に入れた私は、颯爽と家路に向かった。

家路に向かう車中で考えた。絶叫マシンの恐怖を楽しめないって、老化現象なんだろうか。金を払ってでも恐怖を味わいたいと思えるのは若いうちだけなのかもしれない。歳を重ねると何事にも臆病になるなんて言うし、私はきっと若さのピークから下降し始めているんだ。もしかしたらもうだいぶ下の方なのかもしれない。それにアトラクションに乗っている間、安全性しか気にならなかったし。死にたくないんだな、私。
人間歳をとると、死なないように生きようとするもんなのかもしれない。そんなことを思いながら車を走らせた。
行きは3時間弱だったのに、なぜか帰りは6時間もかかった。方向音痴のせいだと思うけど迷った記憶は一度もない。不思議なこともあるもんだ。

その夜はもちろん、酎ハイ片手にいつも通りお笑い番組を見た。
ちょうどテレビで、綾小路きみまろ漫談が放送されていた。中高年の哀れみを面白おかしく話す内容だった。自分がまだ20代だからって、中高年の悲惨な現実に、上から目線で大爆笑した。
あたいはこんな風には絶対ならない!という確信さえ持って中高年を小ばかにした。

あれから10年、もちろん絶叫マシンなんてのれない。

そして先日、何気なく見た綾小路きみまろ漫談。
中高年あるあるがリアルすぎて全然笑えなかった。



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