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玄関をでたら、ご近所総勢20人ほどが、各自の家の前で立っていた出来事。

あれは、5年前の夏。
アラサー後半あたりに起こった恐怖の出来事。

その日はいつも通り、毛玉が付いたジャージにTシャツ、眼鏡、ノーブラ、スッピンで朝食を食べていた。
朝食を食べ終え、大好きなコーヒーを飲んでいた時、郵便が配達される音がした。
いつも通りの足取りで、玄関まで郵便を取りに行く。
玄関の15cmほどの段差を降りて、ドアを開け、郵便物をポストからとる。それだけのことをするはずだった。

が、15cmの段差で足をひねった。

ブチという音が聞こえたのか、そういう感覚が足に走ったのかは、定かではない。ただその音と痛みで、恐ろしいことが起こったとは即時に理解した。
 話はそれるが、私は驚いた時に悲鳴を上げられない。キャーという悲鳴の代わりに私が発するのは、うなり声。「うおおおおお。」とか「あ゛あああああああ!」とか、とにかく可愛くない女なのだ。
 だからその日も家じゅうに響き渡る声で「う゛わ゛ああああ」だったと思う。

私の声を聞いた夫が、飛んでくる。
「どうした!すごい声がしたぞ!」

どんどん腫れてくる足の甲。水風船が入っているような膨らみかただ。それに痛みも尋常ではない。1カ月前に出産をしていたが、冗談ではなく出産よりも痛いと感じた。
悶絶しながら、四つん這いで玄関から部屋に移動する。

夫「だ、だいじょうぶか。」

私「ダメだ、これ絶対折れてる。」声を絞り出して答える。

夫「病院行かなきゃやばいな。」

私「でも、どうやって?子ども全員連れていけない。」
そう、我が家には新生児を含めた3人の子ども達がいた。私が運転できれば1人で病院にいけるが、足がやられているので運転できない。しかもその日に限ってファミリーカーは実家に貸し出していて、軽自動車しかなかった。
何よりも痛みが激しすぎて、動きたくない。着替えなんか出来なさそうだし、こんな身体で子連れで病院は無謀だ。
周りに頼れる友人もいない、痛すぎる!!とパニックになった私は、今すぐに病院に行かなければ!と救急車を呼んだ。
冷静に今思えば、タクシーでも呼ぶべきだったと思うのだが、動くこともできないほどの痛みで恐怖を感じ、プロしかいない!そう思ってしまったのだ。救急隊の方、本当に申し訳ない。

遠くから救急車の音がして、救急隊の人が到着する。ご近所を驚かせちゃうかな?と少し気にはなったが、私も近所でサイレンが鳴れば窓越しからそっと見る程度。きっとみんなこっそり見守ってくれるだろうと思っていた。

当時私が住んでいたのは田舎町だった。引っ越して2年目くらいだったが、ご近所の方から野菜や総菜、旅行のお土産をもらうことも良くあり、かなり地域のつながりが強い町だった。我が家も積極的にご近所付き合いをしていたし、子どもも小さかったので随分可愛がってもらっていた。

救急隊が到着し、テキパキと処置をしてくれる。
救急車に移動するため、救急隊が両側から私の足を持ち上げる格好で玄関を出る。・・・変態な私は、ちょっとハレンチな体勢だなと思った。真正面からみたらM字開脚の御開帳状態。まあ、誰もいないだろうと気楽にM字開脚のまま玄関を出た。

出た瞬間、驚いて思わず「う!」と声がでる。

我が家を囲む、ご近所全世帯の皆様が各自宅の玄関先に立っているではないか。私語をする様子もなく、直立不動の姿勢で御開帳状態の私を見つめている。

あれ、この異様な見守られ感・・・私は戦地に向かうんだっけか?・・・。
いや、私はアイドルだっけ?出待ちされているんだっけか?・・・。

一瞬そんな馬鹿なことを考えながら、見渡す限りのご近所さんを眺める。

「あー、橋の向こうの塩川さんまでいる。あんなに遠くから見守っている。」
「出川さんのおばあちゃんは腰が悪いのに、わざわざ車いすに座って家の前で私を見ているのか。」

そして気が付く・・・そういえば私は、スッピン、眼鏡に毛玉ジャージ着用、そしてノーブラでM字開脚しているんだった。
我に返った私は、恥ずかしさのあまり、取り合えずなんか言わな!と挨拶をすることにした。
とっさに苦しい笑顔を作る。さすが外面がいいだけはある。
そして何故か、指をそろえて手をスッとあげる。そして小さく頭をさげて、「おはようございます。」と言った。
まるで天皇皇后両陛下のように。
声が小さかったのか、M字開脚していたせいか、誰も返事はしてくれなかった。

無言でお見送りをされている私。自分死んだんだっけ?と本気で思った。

それにしても・・・なぜ外に出てわざわざ見ているんだ?こういう時はこっそりカーテンの隙間じゃないのか?!ただ棒立ちで見つめるくらいなら、何か言ってくれ、その前にピクリとでもいいから動け!と今なら思えるのだが、その時は、ただ恥ずかしいのと、ひたすら黙って見ているご近所の方々が恐ろしかった。

病院に到着し、車いすに乗せられ診察。
診断結果は靱帯断裂。
骨折ではなくホッとしている私に、「ホッとすることではないよ」と鼻で笑らう医師。
帰宅してから四つん這いの日々が始まった。「ママ、ハイハイ上手ね。」と長男に褒められてちょっとだけ嬉しかったが、完治まではかなり険しい道のりが待っていた。医師が鼻で笑った理由がよく分かった。

その後、何度がご近所さんと顔を合わせたが、誰も私が救急車に乗ったことには触れてくれなかった。野次馬扱いされたくないのか、むしろ知らないふりを決め込んでいるようだ。あんなに堂々と玄関先でM字開脚の私を見ていたのに。
とりあえず、考えても仕方がないので、あれは夢だったんだろうと思うことにした。









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