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桃子は誰かに謝るために生まれてきたの?

あれは冬の夜だった。
コロナ禍の自粛期間で在宅ワーカーが多くなり、土曜の夜のオフィス街に人の気配は少なく、無機質なビルのコンクリートとアスファルトが寂しく街灯のオレンジに染まっていた。

彼と私は酒を求め、20時まで営業していたスポーツバーに入った。店内は街と同じように閑散としていた。バーカウンターに仲の悪そうな二人の女性店員が並び、5人組の男女がテーブル席でジェンガを積み上げている他に誰もいなかった。5人組は外国人で、そのぎこちない雰囲気から今日が初対面なのだろうと私は想像した。空調を節約しているのか店内は少し寒く、寒がりな彼は10ほどあるテーブルのなかから5人組の隣を選んだ。その一角だけは空調がしっかりと効き暖かかった。
私たちは1時間ほどの間に3杯のビールを飲み、コロナ禍だから起こる日常の面白エピソードを互いに話し合っていた。時はゆっくりと流れ、隣の外国人たちもジェンガが少しずつ積みあがるとともに、多少は打ち解けているようだった。穏やかな夜だった。
ちょうど私が当時勤めていた平均年齢60歳近い会社で、換気の必要性に躍起になりあちこちの窓を開け、寒々としたオフィスで働く社員たちの8割ほどが風邪をひいたことにより出社禁止令が発令された話をしている時だった。

顔は私の方を見たままだった。彼の左手が「左へならえ」の号令がかかったかのように、滑らかに左方向に伸び、隣のテーブルに積みあがっていたジェンガを倒した。外国人たちは茫然とした表情で彼を見た。私も茫然とした表情で彼を見ていた。2人の店員は相変わらず仲が悪そうにバーカウンターに並んでいた。6人の視線を集めた彼は楽しそうに大笑いした。

なんでこんなことをするんだ。

私は我に返り、5人組の外国人に謝罪した。外国人たちは目の前で崩れ落ちたジェンガに呆然としながらも、気にしなくていいよ大丈夫だよとこたえた。彼はまだ笑っている。

恐らく彼は私の話なんて上の空で、「このジェンガをいきなり見知らぬ日本人が倒したら面白いだろうな」と考え、私に気づかれないように慎重に左のテーブルを盗み見ながらタイミングを見計らっていたのだ。難しい局面のブロックを慎重に積み上げ、ジェンガに刺激を与えないようにと外国人たちが静かに息をひそめ、ひととき全員がジェンガから一定の距離を保つ瞬間。テーブルの中央のジェンガが無防備になる一瞬を。

彼は時々、想像を超えるようなことをしでかす。「平熱パニックおじさん」エピソードや「深夜地上13メートルベランダ飛び移りおじさん」エピソードや「カラオケシャンデリア破壊おじさん」エピソードなど、私の想像を超える事件を頻繁に起こしてきた。

なお、この辺の事件については今後のnoteに書く予定はありませんが、リクエストがあれば断ることができないという特性がある桃子ですので、コメントでリクエストするというのはご遠慮いただけると幸いです。

できれば想像を超えるできごとは美しいできごとであってほしい。
感動するような「想像以上」は大歓迎だ。

たとえば昨夜。私は彼と国立競技場に出かけて、「想像以上」を目撃した。「想像以上」を見せてくれたのはリオネル・メッシだ。メッシが所属するインテル・マイアミと昨年のJリーグチャンピオンであるヴィッセル神戸との間で行われたトレーニングマッチ。
メッシは故障を抱えており、ベンチに座っていた。メッシがいないまま始まった試合は面白いとは言い難いものだった。真剣勝負ではない、これから始まるシーズンに向けてのトレーニングマッチだ。退屈なのは仕方がない。大迫のスピードやボールキープ力、ブスケツがピンボールの達人のように流麗にはじき出すパスは目を惹いたが、そのブスケツは大迫のチャージにより足を痛め、数分ピッチに倒れ込んだ後ロッカールームへと引き上げてしまった。
2月の寒さと退屈な試合。駆け付けた観客はメッシコールを湧きあがらせた。試合をしている選手たちに対して失礼な行為だ。私は苛立ちを覚えた。苛立ちと退屈さと寒さ。前半を終えた頃、スタジアムには観客たちの様々なネガティブな感情が充満しているようだった。

メッシがピッチに立ったのは後半の60分。ひときわ大きくなるメッシコール。でもそこには「不満を吹き飛ばしてくれ」という決してポジティブではない感情がまとわりついている。そんなスタジアムに立ち込めた負の空気を、メッシはファーストタッチで吹き飛ばした。

センターサークル付近でボールを受け取ると一直線にゴールに向かってくる。ゴール裏からみるメッシの姿がぐんぐん大きくなる。ワンツーパスを2回繰り返し、メッシは密集のなかに駆け込む。普通はスペースの広い方にいくもんじゃないの?と思った瞬間、メッシが密集を抜けだしてきた。
神戸のディフェンダーが何とかそのドリブルを食い止めた時には、スタジアムの空気はがらりと変わっていた。沸き起こる大歓声。そこに負の感情は微粒子ほどもない。完璧なまでの感嘆。サッカー選手ができると私が想像していたプレイの領域をメッシは軽々と超えた。そしておそらく一生の間に二度とこんなプレイは見ることができないだろうと確信した。とにかく衝撃的だった。

帰り道の彼との会話だ。
「ボールは友だちって言葉はメッシのためにあると思っていたけど、友だちどころじゃなかった」
「友だちというか、親戚?」
「親戚どころじゃないよ、兄弟。いや一卵性双生児だ」
メッシはボールだったのか。

それはまさに感動する「想像以上」だった。

そういえば一昨夜も私は「想像以上」を目撃した。
「想像以上」を起こしたのはMOMOリーグの予選最終節に彼が監督をするチームから出場したけりさんだ。

MOMOリーグの詳細とか
彼がMOMOリーグにおいてチーム監督をすることになった経緯とか。
けりさんがそのチームの一員(彼はクルーと呼ぶ)であるとか。
そのあたりの詳細は、二度と話題にしたくないというわけではないけど
書き始めると長くなってしまうので
大変お手数をかけて申し訳ないのだけど
以下のnoteを読んでもらえると助かります。

けりさんはSNSのX(旧ツイッター)を通じて桃鉄ワールドオンライン対戦をしている界隈において、だいたいの女子と友だちという人気者だ。「今日も誰かの王子様」というニックネームを与えられている。
そんなけりさんが、チームの決勝リーグ進出を賭けた一戦に出場した。決勝進出の条件は3つあった。
1つは1位をとること。2つめはそれまで23戦行われてきた対戦のなかの最高総資産額を上回ること。3つめは、1つめと2つめの条件を満たしたうえで、決勝リーグ進出ボーダーラインを争うチームの選手を3位以下にすること。ムリゲーだ。

逆に決勝リーグ進出ボーダーラインを競い合っている相手チームから条件を見てみよう。「けりさんを1位にさせない」「けりさんに最高総資産額を記録させない」「自分が2位以内に入る」のどれか1つを満たせば決勝リーグ進出を確定できるのである。

おそらくMOMOリーグ関係者の全員が、MOMOリーグファンの全員がこう思っていたはずだ。「まあ無理だよね」。

2/6(火)21時。MOMOリーグの予選リーグ最終節が始まった。舞台は3年決戦いつものマップ。序盤からけりさんは運がなかった。月を重ねるごとに上位3人が優位な態勢を築いていく。マラソンでいうとスタート地点から20km地点までのあいだ、一人だけ100mおきに転倒しているような感じだった。絶望的だ。

しかし2年目の中盤あたりからけりさんが猛追劇を開始する。そして、見事にトップをとり、資産は最高総資産を記録。ライバルチームの選手も複雑なゲームの流れと出場4選手それぞれの思惑が絡み合い、さらに幸運な偶然も味方して3位におさえた。

けりさんの飛行機が1位として降り立ち電車に姿を変えるという奇妙な演出を見つめながら、彼は泣いていた。私も彼には内緒だけど少し泣いた。
こんな「想像以上」にMOMOリーグで出逢えるなんて。

この対戦の模様はyoutubeにアーカイブとして残っている。桃鉄を深く知らなくても対戦の状況や各プレイヤーの思惑などが分かる、第三者による実況解説付きの配信だ。2倍速でも、最後の1年だけでも見る価値はあると思う。

ぜひこちらからチェケラしてほしい。

もうひとつ、彼のチームメンバー(彼はクルーと呼ぶ)が漫才をしながらMOMOリーグルールを分かりやすく説明している動画もあがっているので、是非こちらの03:00あたりから05:33あたりを見てもらえるといいだろう。

あの日から男性を、他人のジェンガを倒せるタイプか倒せないタイプかに分類するようになった桃子より

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