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Μμ ∝ Ωω

目の前を覆うように垂れ下がる一面の蔓には、ところどころ美しい紫色の小さな花が咲いていた。

雨粒の雫が、葉をつたいつたい、繋がりながらも、静かにしたたりおちていた。

この先へは、進ませない。

かつて、そう結界が張られていたのだろう。

私は、持っていた大剣を差し出し、たくさんの蔓を傷付けないようにソッと右に寄せた。

中をのぞいて、息を飲んだ。

まるで別世界のまるい空気とはじける色彩たちが、こもれびの射し込む光に反射しては笑うように踊っていた。

途端に、自分の重い鎧がさらに重苦しく感じ、場違いで無いのか、この神聖な領域にこのまま立ち入ることが許されるのだろうかと、一瞬不安がよぎった。

私は、中腰になりながらも、ゆっくり足を踏み入れた。なだらかな傾斜がついていた。

一面の薄い色の輝く植物や、長いことかけて此処を守ってきた苔たちと、やわらかに揺れる優しい花々が咲き乱れていた。

ずっと奥の方には、その姿から、太古よりこの聖域を包み込み育んできたとわかる巨樹がそびえていた。その荘厳さを見上げて、しばし目を奪われていた。

ふと、水の音がして左を見ると、小さな池のようなところの周りに沢山の動物のつがいが座り込んでいた。

私は驚いた。動物たちは、ただ静かにこちらを見ていた。いつから見られていたのだろうか。あれらは本当に生きているのだろうか。それぐらい、落ち着きはらっている。彼らはここの守り主だろうか。

時間の感覚が失われていく。ここの幻力は私の意識を曖昧なものへと誘っていた。手前の真っ白な牡鹿がすくっと立ち上がった。ゆっくりと私のもとへ歩き出す。

近づいてきたその巨大さに、私は膝からその場に崩れおちた。立派な角をこしらえた牡鹿が音もなくその頭をゆったりとおろし、また憂いを秘めた眼差しで、その頭をもたげた。

(その武器をこちらへ。それからその纏う重さをすべて脱ぎ去りなさい…)

なにを思う隙もなく、胸の中へ直接流れ込む、儚い旋律のような意識の響きが、私の、もう必要のなくなった重みの解放への許可を意味していることに、自然と涙がこみ上げてきた。

すべてをその場に脱ぎ去った。

牡鹿は二、三歩後退して、私に小さな池への道をあけた。私は、軽くなった身に、まるで自分ではない感覚を覚えた。小さな兎や変わった小動物がたくさん駆け寄ってきた。池のほとりにつくと、その透明度と水中に咲く花の多さにまた驚いた。

よくよく見れば、初めてみるようなヒレの美しい魚たちがその美しさを披露するように優雅に遊んでいた。

私の腰を、今度は白銀の牝鹿がグッと頭で押してきた。私は、押された勢いで一気に胸まで水中に身を任せた。それから息を整え、頭まですべて潜った。

水中で、ほんのすこし目をあけると、ぼんやりした光と色と魚たちのゆらめきの、その不思議な光景に、
私は、まだ生きているのだろうか? もはや生というものの状態が、なんであったか、そんなことすらどうでもよくなる、漠然とした心地のよさが全身に浸透しては、充たされていくのをじっくり感じた。

つづく

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