短編小説。 『ひまわりへ。』

あの日、僕たちはドライブに出かけた。2日前に別れた君が突然現れた。家に忘れ物をした君が物を取りにきて、でもなんか寂しくて2人で最後にドライブに行った。もちろん、友達として。僕はなぜかあの時、2人でいたいって思った。というよりも2人でいなければならないと思っていた。僕たちは2人でなければ意味がなく、1人だったらダメになってしまう。実際、僕はこの君がいなかった間、死んだような生活だった。具合も悪くないのに寝て起きてを繰り返した。その度に君が夢に出てくる。既に別れた僕にこんなこと言う資格はないのかもしれないが、耐えられなかった。

2人とも冬が好きで付き合い始めたようなものだった。大学を卒業し、友達に誘われた合コンで会ったのが初めて。お互い数合わせで呼ばれたようなものだったが、スキーの話になり、みんなを置いてけぼりにして話し込んだ。解散したあと、2次会にもホテルにも行ったが、ずっと話し込んでいた。互いにそれを期待していたのかもしれないが、それよりも話をしたい欲が大きかったのだろう。それから僕たちは何度も会うようになった。週末にドライブに行った帰り。君を家まで送った時に、告白された。

順序を守って付き合い、順序を守った僕たちの生活には何の狂いもなかった。君はドライブに行きたがる。晴れの日が好きな君はいつもどこかに連れて行ってほしいと言われた。ぼくも君が好きでいろいろな場所に連れて行った。付き合ってすぐの夏。君が好きなひまわり畑。この地域にはだだっ広いひまわり畑がある。君はそこに行ってよく写真を撮っていた。白い服とひまわりがよく似合う君が可愛くて、僕はそれを眺めてた。妖精のように見える君を眺めてるだけで幸せで君が笑うから僕も笑えた。君は魔法使いだったのかもしれない。

冬になるとよく雪山に行った。スキーをするわけでもなく、君と雪山を眺めているだけで良かった。僕はお金がなくて、君によくわびしい思いをさせた。でも君はそんな時でも笑ってて僕の心を温めた。でもどこか寂しげな顔をしている。僕は君だけが楽しめるくらいのお金はあった。スキーのレンタルも可能だった。だけど君はそれを許さなかった。どんなことも一緒にやりたい君は僕の優しいわがままを決して許さなかったのだ。

冬はいろいろな表情を見せる。綺麗な冬。落ち着いた冬。荒ぶる冬。今日は、数年に一度の猛吹雪だった。家に帰ると、彼女はまだ帰っていなかった。不安になり彼女を探しに行きたかったが自分までもが迷子になってしまいそうなほどだった。山に近いこの場所は街灯も少なく夜は本当に真っ暗になる。僕は家のカーテンを開け、電気が少しでも外に見えるようにした。君への道標になるように。

数時間後、君が帰ってきた。時計は夜の22時をまわっていて、僕は初めて君に怒った。
彼女は、僕にひまわりをくれた。造花だったけど、誕生日プレゼントはこれにしたかったらしい。そこで私は今日が誕生日であることを思い出した。もう誕生日というものが嬉しくなくなってきた年齢になったが、君からもらう初めての誕生日プレゼントは、誕生日の喜びを蘇らせた。君は雪まみれだったが笑顔だった。その笑顔のために僕は君と付き合ったのだと再認識させた。君は僕が許した後も少し悲しそうな顔をしていた。

落ち着いた冬になった。昨晩の猛吹雪が嘘のように静まったお昼。遅く起きた僕たちはまた雪山に行った。君はいつもと変わらず笑顔だったが、僕は少しだけ君に違和感を感じ始めていた。君が少しずつ距離を取っているように感じるのだ。それから何度か僕は、慣れていないナンセンスなギャグを言ったり、君に気に入られようとアクションしてみたがダメだった。まるで心が凍ってしまったように君はどんどん僕から離れていくように感じた。

そして、付き合って2年目の冬。君はいなくなった。君という存在がいなくなったおかげで僕は空っぽになった。1日目の記憶がないが机の上にトーストがあった。マーガリンもジャムもないので味のないトーストを噛んでいたんだと思う。真っ暗な部屋。2日目。もう君がいないのに、君のことばかり考えてしまう。君が忘れていったカーディガンの匂いを嗅いでいた。
その日の夜、また猛吹雪になった。カーテンを閉めることすら忘れていた僕は、無言で電気をつけて匂いを嗅いでいた。インターホンが鳴ったが無視していた。やがて吹雪が強まった。ストーブをつけてようやく玄関に向かった。

君がいた。君がいたのだ。まだ別れたことが信じられないほど君は何も変わってなくて、僕は唖然としていた。カーディガンを忘れて寒いと言った君は、すぐに帰ると言っていたが、僕は少しだけでいいからと言い、家にあげた。温かいコーヒーをカップに入れた。家は冷え切っていて、寄り添える間柄じゃなかったのでとても寒かった。

君の提案でドライブに行くことになった。行き先はひまわり畑。冬だから何もないよと言ったが最後に行きたいと言ってきかなかった。わがままな君の最後のお願いは聞こうと思っていた。僕はそれが最期の時だと思っていたけど。

久しぶりの運転は怖い。ましてや猛吹雪だ。君はずっと前を見ている。僕は少しだけ急いだ。ひまわり畑に着いたら僕の恋も終わりにしよう。まだ決意の固まっていない脳でそう決めた。決めようとしていた。

そのとき、目の前からトラックが来て僕たちはぶつかって、外に投げ出された。

投げ出された僕たちはもう死ぬんだって思った。辺りに血がついていてトラックはどこかに去っていった。街からは遠く、街灯も少ない。星が綺麗だった。僕と君は仰向けになって空を見上げて手を繋いだ。寒空の下、僕たちは手を繋いでその時を待っていたのかもしれない。それはまさしく2人で過ごすことが終わってしまった僕たちの最後の日であることを確認しているように思えた。

この時に、君から真実を聞いた。体に菌が入ってもう助かることはないということだった。僕は少しだけ嬉しく思った。僕が嫌いになったとかではなく、悲しませないようにするためだったらしい。つくづく可愛い君を抱きしめたかったが、体が鉛のように重く動かなかった。君と一緒に死ねるなら本望だった。

僕だけ助かった。君と記憶を代償に。
起きた時、現実が理解できなかった。君の姿はなくて君が死んだという事実だけを知った。実感がなかった。医師に女性の名前を問われた。  

 ? ?

君の名前が思い出せないんだ。
どうしても思い出せなくて、悔しかった。
少しずつ思い出してみよう。

君と、僕。

君と出会った場所は合コン、確か数合わせで呼ばれて、それから、、2人でよくドライブして、いろんなところに行って、スキーに行って、カレーを食べて、誕生日プレゼントをくれた、結局君とは別れたんだけどまた一緒にドライブをしたんだ。君が好きな場所に。

こんなふうに、君との出会いや思い出は全て覚えているのに、君の名前が思い出せない。

こんなに思い出があるのに、君が。いない。

幸い軽傷で済んだ僕は、彼女の葬儀に間に合った。会場に入るとそこには彼女の遺影とたくさんの花があった。彼女との記憶が蘇った。あの笑顔がそこにあった。僕の大好きな。君の一番好きな顔。長い長い冬を越したその花が、まさに君を象徴していて、その姿は美しく、懐かしく、そして可愛い、君がいた。

ひまわり。

おしまい。
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あとがき、
5作目を書きました。ヴィヴァルディの代表曲「四季」の中の「冬」という曲をご存知だろうか。ヴィヴァルディ自身は冬と名付けていないみたいだが、私が住んでる北海道は「冬」が日本で一番過酷だと思っている。だが、冬ならではの楽しみが多いのも北海道だと思う。冬という2面性を持つ季節は私は稀なものだと思う。子どもの頃、ただ雪で遊ぶだけだった頃や、スキーをしていた頃は冬が好きだった自分が雪かきや道路が滑ることで嫌いになってしまった。冬はなんだか切ないと感じている。話が逸れたが、ヴィヴァルディの冬を聞いて書いた作品です。是非、聞きながら、読んでいただけると楽しんでいただけるかもしれません。それでは。

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