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雑文 #136

「信じられない」という気持ちはあまりなかった。チケットが当選した幸運もさほどかみしめることなく、私はその日早めに新宿へと向かった。

秋田で観ることのできない映画を観た。『トレインスポッティング2』ー前作『トレインスポッティング』の20年ぶりの続編だ。
私は『トレインスポッティング』が好きで三度ほど観ている。気に入った映画は何度か観直すのだ。中年になったろくでもない彼らは、やはり同じくろくでもなくて、さらにそこから若さが取り除かれていて、昔を追憶する場面も多く哀愁が漂っていた。「Born Slippy」最高。私も同じくろくでもない。

昼には贅沢して昔好きだったイタリア料理店でランチをした。

のち、新宿伊勢丹にてくるりの展示を観る。

のち、ジャズ喫茶DUGへ。村上春樹著『ノルウェイの森』で出てきた店だ。そこで緑が頼んでたウォッカトニックを飲む。


こうして私は心の準備していたのだろう。
世界広しといえども、とてもとても会いたい人に会える時を。

母の本棚から『ノルウェイの森』を手に取ってから、次から次へと読み漁り、噛み締めて噛み砕いて、何度も何度も読み返してきた文章を書いた人の声を聴く時を。

約30年間、私の一番のお手本であり心の滋養であり、最も好きな自分の趣味と言えるかもしれない読書の中でも最も時間を割きその時間を心から楽しんできた物語を作った人の発する空気を直で感じる時を。

私の何%かは村上春樹でできているのだ。


とくに何も考えずに席に着いた私は案外落ちついていたが、村上春樹が出てきた瞬間「ありがとう」という思いでいっぱいになり胸に何かが溢れた。
たぶん、うれしさとかよろこびとか。

翻訳に関するお話だったが、やはりとてもおもしろかった。私はわりと翻訳に興味があるが、テーマは何にせよ、大好きな作家の話はおもしろいに決まってる。

それより村上春樹が無口で偏屈で頑固なんじゃないかという世間的なイメージは払拭したほうがいい。
彼はなかなかお喋り好きだし、こだわりは強いだろうが頭は柔軟だし、マスコミは好きじゃないかもしれないがファンには感謝しているように見えた。
冗談はよく言うし、態度は気さくで正直な印象を受けた。
今講演での私的ポイントは、立ちスタイルから座りスタイルにシフトしたとき、ソファがふたつ必要だったのだが、自分のソファを彼が自分で裏から運んできたことである。
スタッフが周りに4〜5人いたのに。
そしてそれを彼が何でもなさそうにやって、そのまま話を続けていった。
気づかない人もいただろう。私は可笑しかったけど、とてもスマートだった。
こういう細かいけれど何気ない仕草に人の性質が出るものである。
文章を読んでいて感じるとおり、やはり彼は謙虚で素敵な人なんだと思った。

ところで私はDUGにいたときにマスターに頼まれて、テレビの取材を受けた。
「マスコミの方が…」と言われたのでテレビとは思わず、ほろ酔いだし機嫌が良かったのでホイホイ受けたが、後でそれがテレビにほんとに映ってビビってしまった(使われないだろうと思ったのである)
その放送は観られなかったが(少なくとも二度、夕方と朝のニュース番組で流れたらしい。ほんの5秒くらい)、それもいい記念になったかなと思う。
テレビ側の「言わせたいこと」が手に取るようにわかったし、初対面なのになかなか押しが強くて辟易したけれども。
まあテレビ初出演が村上さんのことと思い満足しよう。

私はまた村上春樹の講演を聴いたりする機会があればいいと願っている。
あれらの作品を書いた人の感じることを、生きた言葉で聴きたいのだ。
そしてまた、そんな機会が再び巡ってくるんじゃないかと、なぜか思っている。
何なら直接お話する機会があるんじゃないかと…ものすごい希望的観測だが、そう感じているのである。

#村上春樹 #読書 #翻訳 #雑文 #日記 #散文

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