二つ目の仕事

パン屋をやめた後、美智子は高校卒業の資格を取ろうと勉強をはじめた。
高卒認定(当時の)を取得すれば大学にも行けるし世界が広がる。
今までは一生懸命最初のバイトに励んでいたがふと足元をみて考えた。
学歴がすべてではないという人はいるが
母も学歴や職歴というのは「自分を簡潔に説明できる手段のひとつ」とよく言っていた。

勉強をしながら、次の仕事をどうしようかと悩んでいると
例の「母の視える人」から仕事を紹介すると話が合った。
美智子は正直その人のことは好きではなかったが、仕事がもらえるならと話を聞くことにした。

その仕事は認定外保育園の保母さんだった。
もちろん美智子は保育士免許などない。
しかし、園内に2人いるスタッフが免許をもっているので問題ないとのことで、園長も資格がないと言っていた。

保育士なら安定しているし子供嫌いが克服できるかもしれないと美智子はそこへ勤める事にした。

当時1歳だったそこの園児のSちゃんは、のちに16年たってSNSで美智子を見つけて声をかけてくれた。皆いい子だった。

美智子は子供との付き合い方がいまいちよくわからなかったから
いつも正直に普通に接することにした。子供と思わないようにしようと。
可愛い子もいれば、2歳にしてぶりっこしてイジメる子もいた。
その無認可保育園には訳アリの家庭の子が多かった。
恐らく寂しさからか、母親がいなくなったあとに急に他の子におもちゃを投げつける子もいた。

それでもみんな素直ないい子ばかりで、本当はさみしいのに園に連れてこられた朝、泣く子はほとんどいなかった。
Sちゃんは泣くこともせずぎゅっと手を握りしめ涙を堪えていた。
そんなSちゃんを美智子は一番気にかけていた。それというのも
勤務初日、戸惑う事ばかりの美智子だったがお昼前にお散歩があった。
「お散歩いきますよー手をつないで」というベテラン先生(といっても22歳)にみんな2列にならんで手をつないだ。
美智子はどうしていいかわからなかったが、そんなときにSちゃんが黙って美智子の手を握ってくれた。

「はーい、じゃあ美智子先生はSちゃんとねー」と言われほっとした。
お散歩に行く途中、Sちゃんはよく立ち止まってちょうちょをみたり草をみたり花をみたりしていた。そしてはにかむような可愛い笑いを美智子にむけてくれた。

まだそんなにお話ができないSちゃんだが美智子はSちゃんにたくさん話しかけた。美智子にとってはSちゃんは慣れない環境での救世主に思えた。
そんな美智子を知ってかしらずかSちゃんは朝園にくると真っ先に美智子に抱っこをせがんだ。
美智子もそれにこたえていたし、SちゃんにおむつかぶれをみつけたときにはSちゃんのお母さんにお迎えの際に伝えたりしていた。

園にはだいたい10人くらいの子供たちが平均で居たが、0歳の子が1人、1~2歳の子が4人くらい、あとは3歳1人、5歳6歳の子が3人くらいが毎日のメンバーだった。

年が大きい子は一緒に小さな子たちの面倒を見てくれたりしていた。
美智子もSちゃんばかりでなく他の子とも遊んだりお世話をしていたが
ある日帰り際に園長に呼び戻された。


「Sちゃんの自立を促すためにも、抱っこをせがまれてもしない事」


美智子は理解ができなかった。確かに今考えるとその方針もあると思う。

だがそこは「保育所」だ。「幼稚園」ではない。

何らかの事情があって…ほとんどが夫婦仲が悪かったり片親だったりで仕事が忙しい親の元の子供が昼間預けられている場所なのだ。

しかもまだ2歳になったばかり。さみしいくて当たり前だと思った。園児が多すぎて手が回らないわけではない。理解ができなかった。

それでも「上司」のいう事なのでわかりましたといいつつ、聞くもんかと美智子は思った。翌日、園長がニラミを聞かせている朝は抱っこはしないがSちゃんのそばにはいつつ、園長がでかけたらたくさん抱っこをしてあげた。

もちろん他の子にも抱っこをするが、甘えさせて何が悪い!と美智子は思っていた。


その翌月、Sちゃんの両親は離婚が成立した。Sちゃんがずっと園で歯を食いしばっていた毎日、家の中の空気を察していたのだと思うと、美智子はよけいに園ではできるだけSちゃんのそばに居ようと決意した。

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