見出し画像

モモコのゴールデン街日誌 「薔薇」5月17日

I am a cat.

夏目漱石の「吾輩は猫である」の英訳タイトルだそうだ。漱石の英語版など読んだことがない。

先週お店にきたカナダ人の若い男性が、英訳されたこの小説が好きで、日本に興味を持ったといい、初めて知った。

さらっとした涼しげな素材の白い半袖のシャツに、シルバーの薄いフレームのめがね。いかにも頭の良さそうな感じがするから聞いてみると、大学院生でAIの研究をしているという。

「前はディベートをやってたんだ。かなりやり込んでたから、弁護士になることも考えたのだけれど」

確かに、弁護士になるにはどことなく大人しすぎるというか、人の輪にぐっと入り込んでくるようなずうずうしさがない。

ハイボールを一杯飲むと、何か甘いお酒はない?というので、外国人に「日本のオリジナルなカクテルが飲みたい」と言われたら出すことにしている超簡単ドリンク「カシスウーロン」を作ってあげる。コレは美味しいね、と微笑んだ。

先週くらいから、外国人客の雰囲気が変わった。

コロナ禍のあと、入国が解禁されたばかりの日本への旅は、おそらくまだ航空チケットが高価だったからか、裕福そうな身なりのヨーロッパの客や、一生に一度の記念だというハネムーンカップル、あるいはパイロットや学者やビジネスマン、というちょっとエグゼクティブ感がある人が多かった。

しかし、桜の時期くらいから、一般的な観光客も多くなった。

つまり、庶民の私から見ても、同じような生活感覚の人たちが増えた。

「みんなで6人!入れますか〜?」

片手に缶チューハイを持ったパリピ感全開の団体。日本人も含め、国籍がミックスされている。さっきそこで会って意気投合したばかりという。

国をまたいでも、普段と変わらずいつものノリでパーティー続行。そんなご近所感覚の若い人が多くなった。

行儀悪いなあと思いつつ、この子達に悪気はない。とリあえずテーブル席に案内し、缶チューハイは没収。飲み物のオーダーを聞く。

パリピ達がバカ話に講じているの横目で見ながら”吾輩は猫くん” はカウンターに座っていた。何か聞かれると穏やかに言葉を返すものの、パリピたちとは真逆の「陰キャ」を貫いて、観光客特有の好奇心をむき出しにしていない。

要するに、“吾輩は猫くん” もパリピ勢と同じく「いつもの自分」を続行しているのだろう。きっと近所のカフェに行くときも、こんなオーラなのだろうな、と日常が想像できた。

さらに賑やかな客が入ってくる。オーストラリア人の看護婦の女の子ふたり。

黒髪の女の子と金髪の女の子。どちらも可愛いが、金髪ちゃんの方は、胸の谷間が思い切り見えるぴたぴたのトップスで、目のやり場に困る。ギリギリ下品に見えないのは、笑顔に性格の素朴さが滲み出ているからだろうか。

ちょっと困った顔をしながら、

「すいません、バスルームを借りてもいい?」と入って来た。

「いいよ!でも飲み物は頼んでいきなさいよ!」とウインクする。

「オッケー!オッケー!もちろん!」というので使わせてあげることにした。

最近は失礼な外国人客も多く、トイレだけを利用して出て行くとこともあるので、そこはビシと言うことにしているのだ。

看護婦たちは、そんな私の率直な態度を逆に気楽に感じたのか、甘えてくる。金髪ちゃんが「わたし、一度バーテンダーをやってみたかったの!ねえ、お姉さん、わたしもカウンターに入っていい?」という。

私はソワレくん式に「どうぞ!」と入れてあげた。

ソワレくんはよく、お客さんを「ねえねえ、あんたがなかに入ってお酒作りなさいよ!」などといってよくカウンターに入れる。いたずらお好きなソワレくん流の客イジりというか遊びだ。

胸の大きな金髪ギャルがカウンターに立つと一気に店が華やいだ。

それを見た4人組のアメリカ人男性客はノリノリで、さっそく看護婦バーテンダーに「おすすめは何?」などと聞いては、この「ごっこ遊び」を楽しんでいる。

シェイカーを床に落としたり、ウォッカやリキュールやジュースを手当たり次第に大量に注いだワケのわからんドリンクを作る金髪ちゃん。黒髪の看護婦のほうも、カウンターから身を乗り出し、

「えっとね!このカクテルの名前は『ブラック・ナース』よ!」とふざけまくる。

そんななか、黒髪ちゃんの方が、男性4人組のひとりから「僕たち、次はこのカラオケバーに行くんだけど、一緒に来ない?」とスマホで「KUJIRA」というクラブの写真を見せられながら誘われている。背の高い黒人男性だ。ちょっとバスケット選手風のイケメンだからか「行きたい!」とまんざらでもなく嬉しそうな黒髪ちゃん。

バスケ選手くんは、金髪ちゃんにも「行こうよ」と誘うが、金髪ちゃんは笑顔で無視。「それよりこのドリンク飲んでみて!」とふざけたままでとりあわない。

男性たちは諦めて「じゃあ店で待ってるよ!」と出て行ったそのあと、看護婦たちが何やら言い争いをはじめる。

黒髪ちゃん: ねえ!いいじゃない!一緒に行ってカラオケしよ!

金髪ちゃん: あなたさあ、いつもそんなだから、騙されやすいのよ!

黒髪ちゃん: 別に騙されてなんてないじゃない!みんな爆笑してたでしょ!私たちのこと、面白いと思ったのよ!

金髪ちゃん: あのね〜!面白がってるのは、別の目的があるからなのよ!ほんっとバカね!私にもあなたにも彼氏がいるんだから、ついて行ったりしたら彼氏が悲しむでしょ!そういうの私きらいなの!

黒髪ちゃんがしつこく「ねえ〜いいでしょ!」と言い続けるので、金髪ちゃんは「お姉さんにも迷惑だから、とりあえずこのお店は出ましょう!」と言い出ていった。

私は、そんなふたりが可愛いやら面白いやらで、ふふっとひとり笑いをしていたのだが、一緒にカウンターの端で一部始終を見ていた“吾輩は猫くん” が「すいません、もう一杯ください」とカシスウーロンを注文する。

猫くん: いやあ、どう見てもあの金髪の子の方が、注目集めたがりの軽い女に見えたけど、意外だったですね。

私: ほんとに。人は見かけによらないね〜

気がついたら、カナダの「吾輩は猫くん」は、もう3杯もカシスウーロンを飲んでいた。なんだかすでに店の常連のような雰囲気だ。

「ねえ、そこの空いたグラスとってくれない?」と頼むと、ささっと手伝ってくれたり、すっかり馴染んでいた。

その後も、ふたりでパリピ系の客を観察しては感想を言い合っていたのだが、猫くんは今日、日本に着いたばかりらしく、睡魔に勝てずホテルに帰って行った。

その夜はそんな感じでパリピたちがたくさん入ってきたのだが、夜中の3時くらいにもまたしてもひとり、吾輩は猫系男子が入って来た。

プエルトリコ系のアメリカ人だという若い30代くらいの男性で、くるくるんとカールした黒髪がキュートだ。入り口に近いカウンターにちょんと腰掛け、たまに私と会話する以外は、真剣な顔で携帯を操作している。

聞くとNFTを使うアート関係のビジネスをしているらしく、かれこれ1年以上、海外を転々と旅しながら仕事をしているそうだ。

彼もまた浮かれた海外旅行客というよりは、ご近所のカフェでまったりしている雰囲気だ。

そして、先ほどのカナダの猫くんと同じく、奥で騒ぐ国籍ミックスパリピたちの言動をさりげなく聞いては、またしても私と一緒に人間観察トークをはじめた。最後は記念だといい、3Dアプリで店を撮影していった。

今日は不思議な日だ、と思った。

客の目線ではなく、カウンターの中のわたしと同じ目線で、店を傍観する客がいるのだ。

外国人客が今後このまま増えて行くと、当然そんな客も多くなるだろう。

なぜかゴールデン街が、60年代の、アンデイウォーホールのパーティーみたいな場所になったところを想像した。

さて、来週は、世界からいったいどんどんな「吾輩は猫」たちが、迷いこんで来るのだろうか。

ーーーー

バラ育て偽りをなお美しく 夜桃


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?